タイの北部、チェンマイのジャングルトレッキングツアーから帰ってきた翌日、俺は昼の12時にバスに乗り、ラオスとの国境へ向けて出発した。
数回休憩を挟み、3~4時間走って、ラオスとの国境にあるチェンコーンという町に着いた。
着いたころには、俺はすっかり頭痛と吐き気でダウンしてしまっていた。
風邪がぶり返した訳ではない。車酔いでもない。
バス内で俺の前の座席に居たマッチョな欧米人のワキから、非常にフルーティなスメルが激しく襲い掛かってきたからだ。
頭痛がするほどの体臭なんて、そう経験できるものではない。
おまけに、彼は車に乗っている途中暑くなったのか、横にある窓を開けて風を感じ始めた。
その風は、絶妙な角度で彼のワキの下を通り抜け、俺の顔面にピンポイントで降り注いだ。俺の後ろの席に座っていたヒロさん、エナさん夫婦は何も感じなかったらしいので、まさに俺一人が人間空気清浄機となってかぐわしいその香りを全て吸い込んでいたことになる。
今までの経験から、ワキの臭いには「フルーティタイプ」と「スモーキータイプ」があると思うのだが、彼はまぎれもない「フルーティタイプ」だった。俺は「スモーキータイプ」には耐性があるらしく、くさいくさいと思いつつクンクンしてしまうのだが、「フルーティタイプ」のそれは本当に苦手なのだ。直接脳髄の奥のすごくイヤなところを触られているような感覚で、すぐに気分が悪くなってしまう。
その後なんとか気を取り直し、ラオスとタイを隔てているというメコン川を見に行った。川幅は思ったより狭く、泳いでも渡れそうなくらいだった。
対岸には普通に町がある。
「あれってラオス?」
「そうだよ」
近くのオバチャンに聞くと、当然のように返された。
このちっぽけな川が一国と一国を隔てる国境となっている事に、島国で育った俺には妙に腑に落ちないような思いがあった。
見ていると、ひっきりなしに現地人を乗せた木製の小さな船が川を往来している。まるで「ちょっとそこまで」とでも言うかのように。
国境と言えど、こちらの人にとっては「となり町」くらいの感覚なのだろうか。
この風景を見て、日本は世界中でもかなり「他の国へ行く」という行為が重く見られている国なんだな、と感じた。
←こちらがタイ、あちらがラオス。
こんな近くに外国があるというのは、現地人には当たり前でも日本人には不思議な感覚である。
昨日買った船のチケットによれば出発は翌朝なので、この日はこのチェンコーンという町に一泊した。夜は近くの売店で大量の氷とウイスキーを買い、ヒロさん、エナさんたちと飲んだ。この時偶然にも地元がすぐ近くであることが判明したので、その話で盛り上がったのを覚えている。
翌朝8時頃、俺たちは一旦小さな船でメコン川を渡り、ラオス側のフエイサイという町に着いた後、屋形船のような形をした平たい船に乗り換え、メコン川を下った先にあるルアンパバーンという町を目指し出発した。
メコン川を下る船には2種類あり、俺たちが乗っているのは、川の流れに身を委ね、山々が広がる風景を見ながらゆったりと川を下るスローボートという船だった。他に、目的の町へものすごく早く到着するスピードボートという船があったのだが、景色を見ながらゆったりと川を下りたかったのでスローボートを選んだ。
スドドドドドドドドドド
船のイスに座ってのんびりと景色を眺めていると、突如後方から謎の轟音が聞こえてきた。
振り返ると、1隻の小型の船がすさまじいスピードで、すさまじい水しぶきを上げながら俺たちの船に近づき、そしてぶち抜いていった。よく見ると、貸し出されたのであろう大きなポンチョを頭からすっぽりかぶった欧米人と見られる観光客5,6人が、船の中央に小さく固まって滝のように降り注ぐ水しぶきに耐えていた。
これがスピードボート……あれでは風情もクソもあったものではない。
スローボートを選んで本当に良かった……と心底思いながら、すでに小さくなったスピードボートを見送った。
それから1時間、2時間がたったが、いつまでたっても山々が連なる同じ景色は変わらない。席が混んでいたのでヒロさん、エナさん夫婦とは席が離れてしまっているし、前の席の欧米人は変な草を紙に巻いて吸いながら飲んだくれているし、後ろの席のラオス人は席に身を投げ出して眠りこけているので話し相手もいない。
4時間が経過したところで限界が来て、ついに俺はリュックからPSPを取り出しゲームを始めた。
それからしばらくして、船は小さな村に停泊し、5人ほど荷物を抱えた村人を乗せた。
その中の一人、ボロボロの民族衣装を着た少女が、空いていた俺の隣に座った。
彼女は手をひざに乗せ背筋を伸ばし、前方を見据えてじっとしている。その隣には、靴を脱ぎイスの上であぐらをかき、イヤホンをつけてPSPでゲームをしている日本人。
その二人の光景は、離れた場所から見ていたヒロさん、エナさん夫婦によると異文化すぎて空間に歪みが発生していたらしい。
←メコン川下り中、かっこいい雲があったので船から身を乗り出して撮った。
お気に入りなのでこの旅行記のTOP画に使っている。
すっかり日も暮れて辺りが暗くなってきた頃、俺たちの乗るスローボートはパークベンという小さな町に着いた。
この船だとスローすぎて、1日では目的のルアンパバーンという町へたどり着くことはできないので、中間地点にあるこの町で1泊してから、明日また同じ船でルアンパバーンを目指さねばならないようだ。
俺はパークベンの町に着く少し前から降りる準備をし、船が接岸された瞬間に一目散に町に飛び出した。
話によると、船から下りた観光客が一斉に町に向かい宿を取るので、安くて良い宿はすぐに埋まってしまうらしい。
俺は一番乗りで宿の集まる通りにたどり着き、200Bで個室、ホットシャワーの部屋を確保した。
料金を払い、荷物を置いて、一息ついてから町へ出た。
すると、船から出てきてぞろぞろと宿探しを始める欧米人たちとすれ違った。その中に、ヒロさんとエナさんを見つけた。
彼らはこの町の宿がすぐ埋まってしまうことを考え、船に乗る前に既に部屋を予約していたのだ。
ただの中継地点であるこの町では、泊まる以外にすることなど何も無いので、一緒にメシでも食いに行こうという話になった。
彼らの宿について行き、手続きをしているのを待っていると、この町の住人であろう若者が話しかけてきた。
「ハロー、ガンジャやる?」
軽っ!!麻薬の勧誘ってもっとコソコソした感じじゃないのかよ!ノリ軽いなおい!
ラオス人との最初の会話がこれだ。どんな国だよラオス……
ラオスでは簡単に麻薬が手に入ると聞いていたが、まさかその辺の若者に「イソノ~野球しようぜ~」的なノリで誘われるとは思いもしなかった。
彼の誘いを適当にあしらい、一服しながら待っていると、ヒロさん達が準備を済ませて戻ってきたので、手ごろなレストランを探しに通りへ出た。
数件まわって最も雰囲気の良さそうなレストランに入り、ビールとそれぞれの料理をオーダーして待っていると、そのレストランの入り口に昨日のフルーティスメルの彼とその連れが居て、入ろうか迷っているのが見えた。
彼の脅威を知らないヒロさん達夫婦は「せっかくだから一緒に」と彼らを呼び、同じテーブルで夕食を食べることになった。
内心「おい!マジかよ!!食事の席だぞ!!」と思ったが、ラオスは夜が寒く、フルーティの彼もタンクトップにジャケットを着込んでいたので、彼が何の迷いも無く俺の隣に腰掛けた時も、さほどニオイは気にならなかった。
ここで、改めて各自自己紹介をした。
日本勢が名乗り終え、フルーティに名を聞いた。
「僕はジュリアン。フランスから来たんだ。」
え?
「ごめんもう一回言ってくれる?」
「マイ ネーム イズ ジュリアン」
何度聞いてもジュリアンだった。フランスでは男にもそんなメルヘンチックな名前をつけるのだろうか。
そしてジュリアンの連れの、こちらもフランス人らしい男性に名前を聞いた。
「マイ ネーム イズ ジュリアン」
え?
お前もジュリアンなの?
俺たちが困惑していると、ジュリアン2は照れたような顔で付け足した。
「同じ名前なんだ。」
え、もしかして結婚してんの?フランスは同性結婚アリなのか?そういえばよく見ればフルーティなジュリアンはヤキニクロードに出てくるゲイに似てるしジュリアン2はベッカムに似ててイケメンだし……
これは突っ込んで聞いてもよいものかと黙ったまま思案していると、フルーティなジュリアンが言った。
「僕たちは旅で出会って、偶然同じ名前だったんだ。」
そりゃすごい。フランスではその名前が流行っているのだろうか。
何にしてもややこしいので、二人にフルネームを聞いた。
ベッカム似のイケメンジュリアン2は「ジュリアン・ミノ」
フルーティジュリアンは、「ジュリアン・ナイト」というらしい。
ひと昔前の日本の盛り場かお前は!!なんでお前の名前はそんなに面白いんだよ。
俺は名前の間に☆をつけてつのだ☆ひろ風に「ジュリアン☆ナイト」にしてしまいたい欲求をこらえ、彼らをそれぞれミノ、ナイトと呼ぶことにした
ビールが来て、料理が並ぶと、俺たちはグラスをぶつけて出会えた奇跡を喜び合い、楽しい宴が始まった。