あたまが痛い。
悪寒がする。
きもちわるい……
あろうことか俺は、薬も病院も無いジャングルの奥地で高熱を出し寝込んでいた。
他のみんなはそれぞれどこかへ散策でもしているようなので、今夜の宿であるこのボロ小屋には俺独りだ。
近くの川で遊び、山に沈む大きな夕陽を見て、このジャングルトレッキングツアーに巡り合わせた異国の人々と酒を飲み交わしたい欲望を抑え、ただひたすらに頭痛と悪寒と吐き気を耐える。さっきの無意味な滝行よりもよっぽど精神が鍛えられる時間であった。
しばらくそうしていると、やがて日も沈みきり、電気の通っていないこの村は真っ暗になった。
すると、ガイドは小屋の近くでなにやら作業を始めた。どうやら先ほど皆で拾ってきた枯れ木を組み、キャンプファイヤーの準備をしているようだ。火をつけると、木が乾燥しているせいか瞬く間に人の背丈ほどの炎が大きく燃え上がった。
その周りに、各自思い思いに過ごしていたツアーメイト達が次々と集まっていく。その手には、村に保管されているツアー客用のビール缶が握られていた。
こうして、今夜のキャンプファイヤーが始まった。
この時を待っていたのだ。
俺は起き上がり、フラつく足取りでキャンプファイヤーの近くに座った。くすんだ色の毛布を何重にも体に巻きつけていたため、はたから見ると今にも「ルーモス 光よ!」と叫びだしそうな格好をしていただろう。
毛布からハミ出た俺の足の脛毛がチリチリと燃えてしまうのではないか、というくらい火に近づいた。というかちょっと燃えた。
あつい!あつい!顔を上げるとヤケドしそうになるので顔は伏せたまま、しばらく耐える。
やがて体は尋常じゃない程に熱くなり、毛穴という毛穴から汗が吹き出る。それでも我慢して、水分を補給しながらひたすら耐える。
これが、俺がこの数年間どんな高熱も一晩で治してきた治療法だ。
俺の考えによると、今俺の体内では、悪いウイルスとそれをやっつけようとする成分が激しい戦いを繰り広げている。それはもう、エージェントスミスとネオ並みの壮大な戦いだ。その戦いが激しくなればなるほど、戦場である俺の体の温度は上がっていく。それならば、いっそ体をそれ以上に熱くして、スミスもネオも両方焼き払ってしまおう!という発想だ。
名づけて「焼き払え!地獄の火炎で喧嘩両成敗療法」である。
「ねえ、君だいじょうぶ?」
ニクが呆れたような表情で声をかけてくる。毛布にぐるぐる巻きの男が火をかき抱くような姿で座り、伏せた顔面からは汗がドバドバと流れ落ちているのを見れば、不振がるのも無理はない。
「大丈夫、ありがとう」
いや大丈夫じゃないでしょそれ……という顔をされるが、まだまだエージェントスミスは体内で暴れているのでやめる訳にはいかない。
そんな俺の姿を見たガイドにも諭されてしまう。
「戻って寝たほうがいい」
しかし何故か意地になっていた俺は「これが俺の治し方なんだ!」と言い無理矢理納得させた。
体中びしょびしょになりながらしばらく灼熱地獄に耐えていたが、さすがに耐えられなくなったので一旦涼みに村を散歩することにした。
外灯の無いこの村では完全な闇に包まれると思ったので、懐中電灯を持って出たのだが、それを使うことは無かった。頭上には燦燦と輝く大きな満月が浮かんでいて、この村を、この辺り一帯を蒼く、そして力強く照らしていたからだ。満天の星空なのに、その周りの星を見えなくしてしまうほど燦然と輝く満月と、それに照らされた山々の幻想的な蒼白さが織り成す風景を見ていると、これから先、年に一度くらいは、こんな景色を見て月がこんなにも明るいということを思い出すためだけにこういう場所に来たいと思った。
汗が冷え、火照った体もクールダウンしてきたので、また火のそばに戻った。気分もだいぶ良かった。あと一息で、体内の悪いウイルスを全滅させられる気がした。
欧米人たちとガイドは、なにやら難しい話をしているようだった。どうやらそれぞれの宗教の話をしているらしく、聞いたこともない単語が飛び交っていたので話には入れそうもなかった。
俺は再び火ににじり寄り、灼熱地獄モードに入って、黙って欧米人たちの話を聞いていた。
ガイドが自慢げに、「ブッダは生まれてすぐ7歩歩いた」という所から始まる話を始めた頃、俺の体内の最後のスミスが哀れにも消滅していくのが感じられたので、明日の為にも早く寝ておく事にした。今はスミスもネオも焼き払われてしまったが、その後はしっかり寝てネオを増殖させなければならないのだ。
10時間近く寝て、翌朝起きたのは8時ごろだった。ムクっと上体を起こし、しばらくボーっとしながら、次第に意識がはっきりしてくるのを待った。それから、その場でもぞもぞ動き、体の各所の調子を確かめた。
これは……
「おはよう。調子はどう?」
エナさんが声をかけてくれた。
「……完治しました」
「うそぉ!?」
決して強がりではない。頭痛、吐き気、悪寒、体のだるさ、関節の痛みなど全てまるっと消え、熱が出ている時のあの独特な感じも無かった。
何かスゲースッキリした。完全に目が覚めた……いや、解放されたって感じかな。恐るべし「焼き払え!地獄の火炎で喧嘩両成敗療法」である。
そして、猛烈に腹が減っていた。
朝食は、昨日と同じトーストとゆで卵だけだった。俺は死にかけて強くなるサイヤ人のように食欲というアイデンティティを取り戻し、生き急ぐかのようにトーストをかじり続けた。始めは皆それを見て「調子戻ってよかったね」という優しい微笑みを湛えていたのだが、俺が皆のおかわり分のトーストまで手を付け始めると、「やばい!食い尽くされる!!」とばかりに急いで自分のおかわり分を確保していた。
ヤサイは今日も卵をくれた。アホみたいにトーストをかじり続け、今まで食ったパンの枚数を忘れた頃、焼くトーストが切れた。
食後にコーヒーを飲みながら一服していると、昨日一緒に滝つぼで遊んだフランス人の若者が近寄ってきた。
「昨日の夕食、君おかわりしなかったでしょ?絶対病気だと思ったよ。でも今日はちゃんとおかわりしてたから、安心したよ」
基本的に引きこもり体質なのでコミュニケーションは苦手なのだが、大食いというだけでどこへ行っても話しかけてもらえるというのはすごく便利なことだ。
コミュ障は二郎行け!青物食うな!ラード舐めろ!!
これからチェンマイへ帰るというので荷物を整理していると、どこからかのっそのっそと象が5頭ほどやってきた。どうやらこれから象に乗って村の周りを一周するのだそうだ。
象は二人乗りだったので、俺は単独参加同士のアニキと乗ることになった。
俺たちの象は、勝手にコースから外れて食事したり、急に暴れて俺たちが落ちそうになったり、急に止まって豪快に放尿を始めたりとなかなかのじゃじゃ馬だったが、スリリングでなかなか楽しかった。パッケージに象が描かれた「チャン・ビール」を片手に乗っていたアニキは、象の放尿シーンを見るなり「ああ、おいしそうなチャン・ビールが流れているよ」と言いながらチャン・ビールをぐびぐび飲んでいた。こちらもなかなかの強者である。
それから、ライフジャケットを着て、ゴムボートに乗って、川下りをした。「激流川下り」と聞いていたのだが、何箇所か流れの速いポイントや段差があるだけでその他はみんなでオールをせっせと漕いで前進しなければならなかった。
途中で、竹で造られたイカダに乗り換えた。これはこの辺の住民が川を下る際に実際に使っているイカダなのだそうだ。オールなどは無く、2メートル以上ある長い竹の棒で川の底を突いて進むというものだった。
漕ぐ人を交代しながらゆっくりと川を下り、やがて終着点へ着くと、そこで昼食をとった。出てきたのは、この村の人が作ってくれた大量のパッタイだった。とてもうまかったので、みんなが残した分も全て食べた。
これで、このジャングルトレッキングツアーの全行程が終了した。短くも楽しかった皆との共同生活もこれで終わり。あとはソンテオに乗ってチェンマイの町に帰るだけだ。少しだけ寂しくなった。帰りのソンテオの中にも、心なしかしんみりとした空気が漂っているようにも感じられた。
町に着いた。欧米人たちは、この日の宿を既に予約しているらしく、一人ひとりと別れの握手を済ませてから、彼らはそれぞれの宿に散っていった。
さて、俺はどうしよう。
インドへ行こうと思っている「残り1ヶ月」まで、あと半月ほどある。このままバンコクへ帰ってもいいが、地図を見るとここまでくればラオスとの国境が近い。このままラオスへ入り、10日ほどでいくつかの町を駆け抜けてバンコクへ帰り、インドへ飛ぶというのもいいかな、と思った。しかし、治安が悪化しやすい国境付近の情報が無いので、まずは旅行者の話を聞くか、旅行代理店へ行きたかった。
「りょう君は、この後どうするの?」
この3日間ずっと行動を共にしていたヒロさん、エナさん夫婦は、偶然にも俺と同じルートを考えているらしく、これから日本語で話せる旅行代理店へ行くというので、一緒に行くことにした。
旅行代理店の人によると、治安の面で問題は特に無いらしい。それならば、行ってしまおう。俺はヒロさん、エナさん夫婦と共にラオスまで行くことにし、翌日のラオス行きバスチケットと、メコン川を下る船のチケットを買った。
その後俺たちは、明日の朝代理店へ集合するという約束をして一旦別れた。
俺は近くの手ごろな宿にチェックインし、昨日の風邪がぶり返さないうちに早めに寝てしまうことにした。
明日からは、東南アジア最貧国と言われるラオスに入ることになる。シンガポールやカンボジアなどこれまでの国は、なんとなく行く前からどんな国なのかイメージはできていたのだが、ラオスと言われても何も知らないので、何も思い浮かばない。全く未知数の国というのは初めてかもしれない。イメージができないという事は、楽しみであるのと同時に、意外にも怖いことだった。
どんな国へ行ったって、守るべき一線を守りつつ、出来事に対して素直にいればきっと楽しめる。きっと大丈夫。
安宿の薄汚れたベッドに横たわりながら俺は、未知に対する興奮と恐怖でなんだか落ち着かない自分に対し、そんな励ましの言葉を必死にかけていた。