降りそそぐ 百万発の 星さえも


楽しかったキャンプファイヤーの翌日は、朝の8時ごろ目が覚めた。
外に出て、空気を肺いっぱいに吸い込んだ。空気はヒンヤリとして乾燥しているが、雲ひとつ無い青空からたっぷりと陽の光を浴びているせいで寒いと感じることはない。とても清々しい朝だった。
欧米人たちは夜中までイチャイチャしていたのだろうか、まだぐっすりと眠っているようだ。
それから、朝もやのかかった山々の広大な景色を眺めたり犬と遊んだりしているうちに、ぽつぽつとみんなが起き始め、全員で朝食を食べた。出てきたのはトーストと卵だけだったが、今日もトレッキングや川遊びがあるらしいので、もりもりおかわりした。
欧米人の女性二人組のうちの一人(やせている方)はベジタリアンらしく、俺がもりもりおかわりする様子を見て卵を全部くれた。この女性に、ヒロさん、エナさんが「ヤサイ」とあだ名をつけたので俺もそう呼ぶことにする。

食事を終え、皆は出発の準備にとりかかった。
この村には、申し訳程度のシャワールームがあった。木材で組んだ簡単な半畳ほどの個室に、ホースから超冷水チョロチョロ出る簡易シャワーだった。
昨日は汗をだくだくかきさっぱりしたかったのでシャワールームへ行くと、使用中だった。しばらく待っていると、青白い顔をしたヤサイガタガタ震えながら出てきた。俺とヒロさん、エナさんはそれを見て入るか悩んでいたが、結局意を決してギャーギャーわめきながら超冷水シャワーを浴びた。下山したら絶対にホットシャワーを浴びたい。
次はトイレだ。俺は便意を催さなかったのでたばこを吸いながら待っていたのだが、用を足しトイレから戻ってきたヒロさんは眉間に皺を寄せ気分の悪そうな顔をしていた。
「……あいつ(ヤサイ)……ベジタリアンのくせにうんこマジでくせぇんだけど……」
ヒロさんはヤサイの後にトイレに入り、あまりのくささに悶絶したらしい。
高身長でスタイルも良く、顔はミラ・ジョヴォヴィッチに似ていて割と美人でうんこがくさい。マニア垂涎の逸品である。

皆が準備を終えると、一行はトレッキングを開始した。昨日がほぼ登りのかなりハードなコースだったのに対し、今日は登りと下りと平地が交互に続く楽しいコースだった。
2時間ほど歩くと、大きな滝と川のほとりの小さな村にたどり着いた。ここで川遊びをするらしい。
欧米の若い男二人はこれが楽しみで仕方なかったらしく、既に水着を着込んでいて、村に着くなり服を脱ぎ捨て川へと一目散に向かっていった。
俺も水着に着替えてから後を追った。すると、その二人組は滝壺の脇にある切り倒された大きな丸太の上でズブ濡れになって固まっていた。
「どうしたの?」
「……いいから入ってみ……ここから飛び込むんだよ」
俺は二人のいる丸太の上まで登った。ここからだと、2メートルほどの高さから飛び込むことになる。
このぐらいの高さで怖がることはない。俺は助走をつけぴょい~んと飛び上がり、滝壺に飛び込んだ。
そして叫んだ。

「無理ムリムリ無理無理ムリムリムリ!!!!!!!!」

シヌ!!これは死ぬ!
恐ろしいのは高さではなく、水の冷たさだった。二人が固まっているのはこれが理由だったのだ。冷蔵庫でキンキンに冷やして飲む水よりも冷たかった。ていうか朝あんなシャワー浴びてるんだから考えればわかることなのに……
俺は必死にもがき陸を目指した。焦りすぎて巨大な岩にひざのぶつけちゃダメなところを強打しその日一日は足を引きずって歩くことになった。
せっかく滝に来たのだから「滝行」の真似事でもやってみたいと思っていたのだが、この冷たさではさすがに無理だろう。俺が半ば諦めかけていると、丸太の上でガタガタ震えていた欧米の若者がぼそっと言った。
「俺行ってくるよ」
彼は行った。丸太の上から勢い良く川に飛び込み、滝の真下まで泳ぎ、10秒程打たれて戻ってきた。
「ど……どうだった?」
「気持よかったよ」
なんて奴だ……
もう一人の若い欧米人と、後からやってきたヒロさんも、彼の勇姿を見て心を打たれ、そして滝にも打たれに行った。
おいまじかよ……俺だけじゃん行ってないの……どうすんのよこれ行くしかない感じになってるよ……
仕方ない行くか……
俺は決して丸太の上から飛び込んだりはせず、浅瀬からそろーりそろーりと滝を目指した。しかしできるだけ水に浸かってる時間を短くしないと死ぬことに気づき、そこからは全速力クロールで滝へ向かった。
滝の真下へ到着し、合掌ポーズで滝の猛攻に耐える。まるで頭上から極限まで小宇宙コスモを高めたペガサス流星拳を喰らっているかのような圧倒的圧力だった。
俺は歯を食いしばって滝に打たれ続けながら、霞みゆく意識の中で漫画「バカボンド」にあるこんな一節を思い出していた――――

     不安

     弱さ

     煩悩

     恐れ

いにしえより
そんな邪念をふり払うため
人は滝に打たれてきた


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨


そして

水から上がる頃

気づくのじゃ



あまり意味ないと


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨


という無意味な滝行を終えた後は、寒さに震えながら村の子供たちとじゃれるヤサイとニク(ふとってる方)を眺めたり、川で遊んだりして過ごした。川で遊ぶと言っても
わ~冷たくてきもち~~
というより冷たくて痛いので10秒浸かるごとに上陸しその場ダッシュして体を温めなければならなかったが。

ひとしきり遊んだ後は、みんなで昼食をとった。
ガイドがなにやら調理している大きな鍋から懐かしい匂いが漂ってくると思えば、なんとその鍋には日本のチキンラーメンが大量に煮えていた。普段日本にいるときカップラーメンなど好んで食べたりはしないのだが、こういう状況で食べる、具が卵とキャベツだけのシンプルなチキンラーメンは非常においしく感じられた。
「たくさんあるから、たくさんおかわりしてね」
そうガイドが言うと、ヤサイは俺を指さし言った。
「彼が食べるわ」
既にこのグループには俺が「喰う奴」だという認識ができているようだ。俺は期待に応えもりもりおかわりした。

食事が終わると、今夜を過ごす村に向けトレッキングを再開した。
歩いている途中、体に妙な違和感を感じた。最初は、先ほどの滝で強打したひざをかばいながら歩いているため余計に疲れてしまっているのだろう、と思っていたのだが、時が経つにつれ、それとはまた別の、体の奥深くにある不快感を伴うだるさをはっきりと感じるようになった。そういえば最近寒い思いばかりしていて少し風邪っぽかったし、先の滝行や川遊びで悪化してしまったのだろうかとも考えたが、そんなのは歩いているうちに汗と共に出て行ってしまうだろうとタカをくくり、気にせず歩き続けた。

村に着くまでの道のりで、今夜キャンプファイヤーで使う枯れ木をみんなで運び、昨日と同じような簡素な小屋がぽつぽつとあるだけの小さな村に到着した。
寝床のある小屋に荷物を降ろすとみんなは思い思いに川へ遊びに行ったり散策へ行ったりビールを飲んだりして過ごしていたが、俺は到底そんな場合ではなかった。
荷物を降ろして一息つくと、思い出したかのように一気に頭痛、悪寒、吐き気、だるさがやってきて動けなくなり、しばらくベンチに座ったままうずくまっていた。体が重く、全身の感覚が過敏になっているこの感じ……。
旅を開始して一ヶ月半、とうとう来てしまった。むしろ今まで来なかったのが幸運だったとも言えるのだろうか。
この感覚は、間違いなく高熱があるときの感覚だ。こんな辺境で高熱なんか出てしまって一体どうしろと言うのだ。と言っても俺には手持ちのツールで最善の手段をとる以外選択肢はない。とりあえず水をたくさん飲み、Tシャツの上にパーカー、そしてチェンマイで買ったセーターを着こみ、毛布を3枚かけて眠った。近くを流れる大きな川の流れる音が気になってなかなか寝付けなかったのだが、いつの間にか眠ってしまったようだ。

しばらくして、誰かの「食事の準備ができたみたいだよ」という声で起こされた。
夕食は、チキンカレーに野菜の煮物だった。食欲は全く無かったが、着席した俺の前には誰かが気を使って大盛りによそってくれたチキンカレーと野菜の煮物がどん、と置かれていた。
出された食事は、たとえどんな状況でも残さず食べるというポリシーは曲げられないし、これから生意気にも俺の体内でのさばる悪いウイルスと戦う為の燃料を補給しないことには、治るものも治らないと思ったので、俺は吐き気と闘いながら残さず食べた。
俺が一皿をなんとか食べ終えぐったりする様子を、欧米人たちは「なんでこいつおかわりしないんだ……?」と言わんばかりに目を丸くして見ていた。

食事が終わると、俺はすぐ小屋に戻り、先ほどと同じ毛布3巻きで横になった。
俺にはある作戦があった。
鼓動に合わせジンジン痛む頭痛と闘いながら、俺は静かに、静かにある時を待っていた……。





次へ
TOP