不味いチャーハンを無理やり腹に詰め込み、俺たちはジャングルトレッキングを開始した。
歩き出して10分程で、木が鬱蒼と生い茂る険しい山道を進むことになった。
倒木をまたぎながら進み、大きな石の上をジャンプして川を渡ったり、急角度の岩肌を四肢を使ってよじ登ったり、まさにアスレチックなコースだった。
途中から、なぜか大型の雑種犬が俺たちに並走し始めた。ガイドによると、この辺に住む野良犬で、何年か前からトレッキングツアーの一行を見つけるとついてくるようになったらしい。今ではコースを覚えているようで、俺たちをあっさり抜いて先の方で待って道しるべになってくれたりした。疲れたので「遅い、乗れ!」と言われるのを期待したのだが、言われなかった。
重い荷物を背負い、ジャングルをかきわけゼェハァ言いながら歩く。次第に、体力の無い人達はついていけず、先頭集団と差がついてくる。地元住民の若いガイドさんと若い白人男性2人はズンズン先へ進み、体力のない女性や少し太っちょのヒロさん、おっさんのアニキ、そして俺は肩で大きく息をし、勝手に休憩をとりながらちまちまと進んでいった。
「この先一本道だから。頂上で待ってるよ」
協調性のかけらも無いガイドはこう言い放ち、すぐに見えなくなった。
しかし、犬だけはちゃんと待っててくれている。頼りになるのは犬だけだった。たまに、犬を追いかけて道無き道を進み、しばらく経ってから遠くの方で「お~~いそっちじゃないよ」と叫ばれるという遭難トラップがあることを除けばだが。
もはや喘ぎにも近い息の荒さで死にかけながら3,4時間歩き、空が真っ赤になった頃到着したのは、山の頂上にある少数民族のある村だった。
「ハァ……ハァ……なにか……飲み物を………」
「お疲れ様。このクーラーボックスの中に、飲み物が冷えてるよ」
でっかいクーラーボックスには氷水が溜まっており、その中になんと、なんと、なんと、なんということでしょう
キンキンに冷えた缶ビールがあるではないか……!!
あ゛……あぁ゛…………
あ゛り゛がどうござい゛ばすっっっ!!!!
ゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッ……
ッア゛ーーーーーーーーーーーーーーー!!!(アヘ顔)
俺のHP/MPは全回復し、さっきまでの疲れはぶっ飛んだ。
「今日はここで一泊するよ」
とりあえず荷物を置き、一服しながら休みたい。ガイドに、俺たちの寝床に案内してもらった
行ってみると、その建物は、木の枝で組まれた簡単な骨組みに、床や壁として薄い竹のようなものが敷き詰められているだけの、なんとも風情のある小屋だった。小さい頃、地域の子供たちとよく行っていたキャンプを思い出し、なんだかワクワクした。
←山小屋の中。
骨組みの無い所を歩くと、めっちゃたわんで抜けそうになって怖い。
でもそれもまたワクワクする。
もう全部ワクワクする。
それから、みんなでビールを飲みながら山の向こうに落ちる夕陽を見ていた。
←向こうの山に落ちる夕陽
とそれを見る俺たち
とちゃっかり一緒に見てる犬※1(中央右側)。
※1中央左側は人間である。
日が沈んだ頃、夕食の時間になった。
さっきからガイドが火を起こしてなにやら作業をしているなと思っていたら、夕食を作っていたのだ。
メニューは、汁っぽいイエローカレーに米、あとかぼちゃの煮付けだった。
この村には電気など通っていないので、日が沈めば辺りは真っ暗である。するとガイドは大きなキャンドルを持ってきては食卓に並べ、火を灯した。こんな小さな火が、闇の中でこんなに明るいんだと実感するのも、久しぶりに感じた。みんなでカレーを食いながら、キャンドルの明かりに灯された食卓を囲むと、自然と気分は高揚してくる。高揚した気分は、なんてことないご飯を美味しくさせ、話に花を咲かせた。
食事を終えると、ガイドは小屋の前に組まれた焚き木に火をつけた。火はあっという間に大きくなり、ミニキャンプファイヤーが開始された。
みんなで火を囲みながら、酒を飲み、語り合い、やがてガイドがどこからかアコースティックギターを持ってきては、タイの歌を弾き語りし始める。
すると、その歌を聞きつけて、他のツアーでこの村に来ていた欧米人の団体がこちらのキャンプファイヤーに集まってきて、一緒に火を囲むことになった。
俺は、酒を飲みながら、ガイドの唄を聞いたり、ギターを弾いたり、欧米人たちとクイズを出しあったりして遊んでいた。
後から来た団体についていたガイドは、焼酎の味しかしないタイウイスキーをグビグビ飲みながら、変な草を紙に巻いて吸っていて、完全にラリっていた。みんなでラリったガイドをいじめるのも楽しかった。
しばらくみんなと遊んでいると、なんとその村の子供たちが12人ほど遊びに来た。
2才~10才くらいの子供たちなのだが、来ても土産物を売りつけるわけでもない所を見ると、単純に楽しそうだったから来たのだろうか。
俺がデジカメを向け「撮るよー!」と言うと、恥ずかしがってそっぽを向く子も居れば、自分の写りをいちいち確認しに来て、気に入らなければ何度でも撮り直しさせる子も居て楽しかった。
←民族衣装なのだろうか、派手な格好をしている。
この年にして顔出しNGとは生意気である。
撮るよー!スマーーーイル!
パシャッ
ちょっと!もっかい!もっかい撮って!
次フォーメーションBね!
パシャッ
ちょっとちょっと!もっかい!
ほら、このグラサンつけてなかったし!
フォーメーションCね!
パシャッ
あっ今のナシ!ねぇもっかい!
アングル変だったよ絶対!
フォーメーションD!
パシャッ
「ねぇ見して!」
「どうぞ」
「う~ん、どうだろ、かわいい?」
「うん、かわいいよ」
「いやでも、これはもっかいだな……ねぇもっかい!」
「いや、もう充分かわいく撮れてるよ」
「やだやだ!もっかい!ねぇもっk
うるせーぞガキコラァ!散れ!散開!!状況終了!!
それから子供たちは一箇所に集まり、この村の歌やタイの歌、有名な童謡などをうまいこと繋ぎあわせたオリジナルメドレーをみんなで歌ってくれた。
←手拍子や振り付けもあってかわいかった。
途中2才くらいの子が歌えなくて泣きそうになってるのを10才くらいの子があやして教えてあげてたのがほっこりした。
歌が終わると、盛大な拍手と共に、欧米人たちが小銭を投げ与えていたので、俺も5B硬貨を2枚投げた。
子供たちはそれに対し、「ありがとう」という意味の歌を歌ってくれた。
歌の後、子供たちはワーー!と投げられた小銭をかき集め、すみっこに集まり、熱心に硬貨の枚数を数えては、
「ねーねーいくらもらった?」
「わたしこんくらい!」
「えーおれこんくらい!いいだろー!」
「いーなーーー!」
というようなかわいらしいやりとりをしていた。
夜も遅いからと子供たちは帰っていき、やがて12時が過ぎたので、後から来た団体もラリって言動が完全に意味不明になったガイドを引きずって帰っていった。
ガイドが介抱されてどうすんだよ……と呆れながら見ていたのだが、今夜はそれすらも楽しいと思える素敵な時間を過ごせた。
キャンプファイヤーも消えて熱が引くと、皆喋ることを忘れてしまったかのように静かになり、就寝モードになった。
明日も行程は盛りだくさんのようなので、早めに寝ておくことにする。
隅のほうで白人の男女が小声でイチャイチャしているような気もするが、今夜はそんなことがあってもいいんじゃないかと思う。
寝床に横たわり目を閉じると、キャンドルのぼんやりとした光やキャンプファイヤーのメラメラと揺れる火の残光が浮かんできて眠れないかと思ったが、忘れていた体の疲れが一気に押し寄せてきて、思いっきり体を動かしてヘトヘトの時にベッドにもぐりこんだ瞬間のあの気持ちよさが体を包み込み、溶かし、
ホットミルクにココアの粉が溶けるように、なめらかにゆるやかに、じんわりと眠りの中に混ざっていった。