翌日の朝、俺を含め8人の客を乗せたソンテオは、タイ北部のチェンマイを出発してジャングルトレッキングの山へと向かった。
メンバーは俺の他に、バンコクからのバスで一緒になったヒロさん、エナさんという日本人夫婦、若い白人男性2人組、若い白人女性2人組、それに中年の白人男性1人がいた。単独参加は俺と中年白人男性だけだった。
俺はこのツアー中ヒロさん、エナさん夫婦とずっと行動を共にし、仲良くなった。ヒロさんは浅草で屋形船の船頭をしており、毎年仕事の少ない冬にはどこかへ夫婦で旅行しているらしい。ふたりとも自由気ままな、俺の好きなタイプの考え方を持っていて、話していて楽しかった。
ヒロさんは単独参加の中年白人男性に、「アニキ」というあだ名をつけた。
アニキの着ている服は、これからジャングルトレッキングをするというのに、ワイシャツにスラックス、そしてサンダル履きだった。全てが間違っている。
「このおっさんこの格好でジャングルトレッキングするつもりかよ……かっけぇ…」ということで「アニキ」に命名されたらしい。
8人を乗せたソンテオは、山へ行くのかと思えば、まずとある植物園で停まった。
「ここを観てこい」
助手席に座っていたこのツアーのガイドさんは、ぶっきらぼうにそう言った。
なぜトレッキングツアーで植物園を観光しなきゃいけないんだ?
意味のわからないまま植物園に入り、一度も立ち止まらずに5分ほどで園内をざっと一周し、別段面白いものも無かったので植物園を出て、外の売店でお菓子を買いソンテオの中で食べてみんなの帰りを待っていた。
8人がソンテオに戻り出発すると、しばらくして今度はヘビ園に停まった。
「ここを観てこい」
は?なぜヘビ園?トレッキングと何の関係があるんだ……?
もしや……トレッキングツアーの内容がショボすぎてやることないから時間稼ぎをしているのか……?
このツアーの先行きに若干不安を覚えつつ、一応ヘビ園に入ってみた。
………
とりあえずヘビがたくさんいた。
例によって例のごとく早々にヘビ園の出口へと向かった。
「まて!!」
出口の所で、ヘビ園の係員に止められた。
「これからヘビのショーが始まるんだ。観ていけ!」
ええ~……帰りたい……お菓子食べたい……
しかし帰ろうとしても係員はどうしてもヘビのショーを見せようとゴネるので、仕方無しにショーの会場へと向かった。
歩きながらふと出口付近を見ると、次々と帰ろうとする客を必死に呼び止めてはショーを見てくれとゴネる哀れな係員の姿がとてもシュールだったのでちょっと笑った。
と言っても、客は俺たち8人とたまたま観光で来ていた欧米人2人くらいしか居ず、どう見ても係員の方が多い。
10人ほどの客がぱらぱらとしょぼいショー会場に集まっていき、間もなくショーが始まった。
まず係員は体長3メートルはありそうな細長いヘビの頭を持ち、ノドの辺りをぎゅっと握ると、何かの液体が出てくる。それをビンに入れ、客席に見せて回った。
「これがこのヘビの毒です。噛まれるとひとたまりもありません。死ぬかもしれません」
司会の係員は大仰に叫び、客の恐怖心を煽った。
そして、何やらエスニックな衣装を着た男が出てくる。
「しかし、この男なら大丈夫。ヘビのどんな攻撃も、するりするりとかわしてしまいます」
男は、ヘビのしっぽを踏みつけ、頭を小突いて挑発する。ヘビはシャーーーーと割と大きな音を出し、口を大きく開けて威嚇し、そして男に襲いかかる。しかし男は寸前のところで身をひるがえしてかわし、またしっぽを踏みつけて挑発する。
カプッ
ヘビの動きは非常に素早く、それをひょいひょいとかわしている様は、まるでボクシングを見ているようで、思ったよりスリリングだった。
カプッ
欧米人たちは男が噛まれそうになる度キャーキャー黄色い悲鳴を上げ、司会の係員もヘビと男の闘いを熱く実況しており、会場は意外な程盛り上がっていた。
カプッ
俊敏な動きで襲い来るヘビの動きを見切ったように男は、っていやいやいや!!
さっきからちょいちょい噛まれてるよね?なんでみんな見て見ぬフリしてんの?噛まれた瞬間すっごい振り払ってかわした感じにしてるけどバッチリ噛まれてるよあんた。
でも男は平然とした顔でショーを続けている。無敵フレームでもあんのか?
いや……噛まれても振ったり引っ張ったりすればするっと抜ける様子を見ると、おそらくショー用に牙を抜いたヘビなのだろう。欧米人たちが盛り上がっている中、俺は一人でノーエアーに興冷めしていた。
ヘビが男の手から逃げ客席に向かうと、白人の女性客はほぼ発狂に近い悲鳴を上げ猛ダッシュで会場内を逃げまわるが、寸前のところで男はヘビを捕まえ、ショーを再会する、という偽装ハプニングも、同じ手を数回繰り返すとその女性もさすがにもういいらしく、ナナメ上目遣いで首を振りながら「んにょ~ぅ(NO~)」と男を睨みつけた。
男もおイタをやめ、最後は水槽に逃げたヘビを泳いで捕まえるという技を披露し、そこそこの拍手の中ヘビショーは終わった。
明らかに、客より係員の方が楽しんでいた。あるいはこのショーは、この廃れたヘビ園に勤める係員達の、唯一の楽しみなのかもしれない。
俺たち8人がソンテオに戻ると、次はなんと、首長族のいる村に着いた。
首長族なんてもっと険しい森を抜けた山奥に住んでいるのだろうと思っていたが、町から車で数時間の平地に普通にいるのか。ならば、会ってみたい。
しかし話を聞くと、どうやらそうではないらしい。
首長族の本当の村は山奥にあるらしいのだが、そのうちの何人かが観光客目当てで山を下り、町の近くでみやげ物屋をやっているだけなのだそうだ。しかも、その村に入るだけで、入村料という名目で250B(750円)もとられてしまうというのだ。
彼らの村に訪問できるのならまだしも、こんな造られた観光用の村に興味は沸かないし、そんなことに250Bなんて大金払う気には到底なれない。それなら渋谷で髪盛り族見てるほうがまだ面白いだろう。
20歳の俺は、ひねくれていた。ガイドに「俺はいいや」と言い、他のみんなが村を見に行っている間、俺はソンテオで待っていた。待っているのは俺一人かと思えば、アニキも残っていた。気が合いそうだ。
20分程待って、俺とアニキを除く6人は帰ってきた。
「どうだった?」
「……まあ、思ってたよりしょぼかったよ」
気を使ってくれているのだろうか、みんなそのように答えてくれた。
そして、ソンテオはようやくトレッキング開始ポイントに到着した。
もう昼過ぎだったので、昼食をとった。
メニューは、大量のチャーハンと、パイナップルだ。
全てが中途半端な間の抜けた味で、チャーハン作るなら中国人呼んでこいよと思った。中国人のチャーハンを食べた後に別の国のチャーハンを食べると、どうしてもそう思ってしまう。
それでもたくさん作ったらしく量だけは多かったので、大量におかわりして腹に詰め込み、俺たちはトレッキングを開始した。