とどのつまりジャングル。


フェイズは俺に物乞いに対する粋なソウルを見せつけた後も、しきりに酒を勧めてきた。
俺が500mlの缶ビール4本を開けた頃、彼は言った。
「じゃ、そろそろ次の店行こうか!」
次の店って……まだ飲ませるつもりかお前……
日も落ちすっかり暗くなったとはいえ、まだまだムッとした暑さが残っているせいで、酔いの回りが普段より早い。
こいつ俺をこんなに飲ませてどうするつもりだ……?とか、まさかこいつ俺を酔い潰して○○○○アッーー!!するつもりじゃ……?とか、そんな警戒心は酔いのせいで一切浮かばず、二つ返事で「行く行く~♪」とホイホイついていっちまったのである。
10分ほどバイクを走らせてたどり着いたのは、とある酒屋だった。俺は酔っ払っていたのでバイクから落ちないようにするので精一杯だった。
酒屋の外にはガラの悪い、いかにもメタルとか好きそうなムキムキロン毛の白人や、この辺の悪そうなお兄さん達がたむろしており、フェイズも実は怖くて入ったことがないと言う。そんなとこに連れてくんなよおい!てかなんかあったら俺が酔拳でなんとかするとでも思ったのかこいつは?
お兄さんたちの視線をガシガシ受けながら恐る恐る店内に入ってみると、驚くほど安い値段でビールが売られていた。その辺のコンビニの半値くらいだ。というかフェイズももの凄く驚いていた。いろいろと大丈夫なのかこの店は?
俺はインド産らしいビールを2本買い、外に出た。
「近くに海岸があるから、そこで飲もう!」
フェイズの言うとおりに海岸へ行き、二人で飲んだ。というか飲まされた。炭酸が抜けぬるく苦い水となったインド産ビール2本と、いつの間にかフェイズが俺に飲ませるために買っていた2本のビールを飲み終えた頃には、もうダウン寸前だった。飲みながらクアラルンプールの鉄道駅で買ったルービックキューブを二人でやっていたのだが、普段なら2分もあれば6面完成できるのに、その日はどうしても赤とオレンジ、そして青と緑が同じ色に見えてしまい、何度やっても完成させることができなかった。蒸し暑い環境で4リットルのビールを飲むと、ルービックキューブができなくなるということを、覚えた。
夜12時頃解散し、フェイズにバイクで宿に送ってもらい、即寝た。
翌日は二日酔いでガンガンする頭をさすりながら支度をして宿を出ると、なんとフェイズが宿の前に居た。約束もしていないのに。いやもしかしたらしていたのだろうか。覚えてないだけか?
「駅まで送ってくよ」
……お前……いい奴だけど……暇人だな……
フェイズはフェリーも一緒に乗り、鉄道駅まで来てくれた。駅の近くで昼食を食べながら、今度は彼の職場であるアイルランドで再会することを約束して、列車の時間が来たので別れた。ありがとうフェイズ!君のような純粋に親切にしてくれる人がいるから、辛いことがあっても旅を続けることができるんだ。いつかまた会えたら、その時は君のライチジュースにスピリタスを混ぜるよ!覚えとけコラ!あー頭いてえ!

列車は昼12時頃バタワースを出発し、バンコクに到着したのは翌日の昼12時。まるまる24時間同じ列車に乗っていたのだ。ボックス席には俺の他、白人の若いカップル、白人の中年女性が座っていた。席につくと、それぞれ軽い自己紹介をして、カップルが二人の世界にフォーリンラブしていったので、俺と白人女性も一人の世界にフォーリンマイセルフすることにした。
しばらく景色を眺めながらウトウトしていると、何やら前方の座席の方が騒がしくなっていることに気づいた。身を乗り出して覗いてみると、騒ぎの中心にいたのはなんと日本人のおじいさんであった。
おじいさんは車掌さんを相手に、手を上から下に押し出す動作と共に、「ダウン、ダウン!!」と連呼していた。全く意味がわからない。
車掌さんは迷惑そうな顔をしている。これは関わり合いにならないほうが良さそうだ。俺は身を屈め、目を閉じて寝てしまおうと思った。
騒ぎも収まり、ウトウトしかけていた頃、突然声が聞こえた。
「お兄さん、お兄さん!!」
目を開けると、目の前に先ほどのおじいさんが居て、笑顔で俺に手を振っている。
「お兄さん、日本人でっか!?」
「あ……はい……」
おじいさんはドスの効いたダミ声で一気に自己紹介をし、自分の身の上話を始めた。
自分のことを「わし」と言い、漫画に出てきそうなまさに「なにわのあきんど」という感じの喋り方だった。頭は禿げ散らかし、よく肥えており、白い下着用シャツにハラマキをしていて、どこからどう見ても赤塚不二夫作品である。
彼はずっと昔から大阪で商売をしており、よく東南アジアへ一人旅に来るらしい。英語はまったく喋れないらしく、何故かそれをしきりに自慢された。
気になったので、先程の騒ぎについて聞いてみた。
「さっき車掌さんと話してたのはなんだったんですか?」
「あーあれか?値切ってたに決まっとるわあんなん!ダウン!ダウンて!!」
聞けば、同じバンコクまで行くのに、俺の3分の2程度まで値切ったらしい。この男なかなかの強者である。
「日本でも全然値切れますわ」
とりあえずなんでも値切るところから始めなければだめらしい。なんとJRの切符も値切るそうだ。東京の人は値切らんとええかっこばっかしよるからだめらしい。
この人の話は真面目に聞くと引っかかる所が多いが、話半分に流して聞いている分には面白い。いい時間つぶしになる。とにかくこの人は若者に感心されたいのだ。バーテンダーのバイトをしていたので、その辺は得意である。へぇ~とかおぉ~とか言い、時折適当な質問をし、すごいですね~とか勉強になりますね~とか言ってれば、あとは勝手にいい気分で喋り続けてくれるのだ。内心では「(うわ~鼻の横のホクロ毛なげぇ~)」とか「(うわ~さっき自己紹介されたけどもう名前覚えてねぇ~)」とか思っていても、顔に出さなければどうということはない。
彼の話の中でも、ミャンマーへ行った時の話だけは真面目に聞いた。空港に着いたらまずここでは両替するなとか、このホテルが安全だとか色々教えてくれたので、メモを取りながら聞いた。
夜になると座席が変形(手動)して2段ベッドになるので、非常に快適に過ごせた。

バンコクに着くと、まずはルンピニーという町で宿を取り、カオサンへ向かい、1ヶ月前にカンボジアツアーを組んでもらった日本人経営の旅行代理店へ行った。バンコクから南へ下り、1ヶ月かけて先っぽまで行って帰ってきたので、今度は北へ行こうと思っていた。前にここでもらったチラシの中に少し気になるツアーがあったので、詳細を聞くために来たのだ。
それは、俺がこれから行こうとしているタイ北部のチェンマイという町から出発する、ジャングルトレッキングツアーというものだ。旅行代理店の人に聞く限りでは、とても魅力的なツアーだった。山奥で寝泊まりしながら、ジャングルを探検したり、イカダで川を下ったり、少数民族の村に行ったり……
インドに入る前に、そんな体験をしてみたかった。
今ならチェンマイまでのVIPバスもタダになると言うし、話を聞いた俺はすぐにでも行ってしまいたい気持ちで頭がいっぱいになったので、その場で翌日からのジャングルトレッキングツアーに申し込んでしまった。もうあまり東南アジアに居れる時間は残されていないので、思い立ったらあまり考えず即座に行動してしまいたい。もう東南アジアに来てしばらくたつので、越えてはいけない一線をしっかり守れば、多少気を抜いてもやっていける自信はついていた。

その後、せっかくカオサンに帰ってきたのであのオバチャンのパッタイが食べたくなり、いつもオバチャンの屋台が出ていた所に行ってみた。オバチャンは、今日も元気に旅行者たちにおいしいパッタイを振舞っているようだった。その屋台は人気で、列ができていた。1ヶ月たって帰ってきても変わらぬ姿でパッタイを作り続けているのを見てなんだかホッとした。忙しそうだったので食事は他の屋台ですることにし、インドへ発つ時もう一度だけバンコクに寄った時は、かならずここのパッタイを食べようと決意し、その場を離れた。

翌日の夜6時に、カオサンからチェンマイ行きのVIPバス(どこにもVIP感は無い)が出発した。途中何度か休憩をはさみ、チェンマイへ着いたのは翌日の朝6時だった。休憩中は、偶然同じバスに乗ることになった3人の日本人と話した。東京の美術学校に通っていたという23歳の女性と、浅草で船の船頭をしているという30代の夫婦だった。美術学校の女性とは共通の知り合いが居て、世界は時にこんなにも狭いのかと思った。
バスでは俺の前の席に、ジャック・スパロウのコスプレをしてると思われる汚い格好をした欧米人男性が居て、そいつから異様にすっぱいニオイがして一睡もできなかった。休憩中タバコを吸っているそいつの顔を見てみると、もの凄くイケメンだったのがまたムカつく。

バスを降りると、非常に涼しかった。というか寒かった。現在1月下旬であるが、タイの中心部にあるバンコクはまだまだ暖かかった。タイ北部のチェンマイでは、東京で言うと10月から11月にかけての気温という感じだった。これは上着を買い足さねばならないだろう。
トレッキングツアーは翌日スタートなので、とりあえず適当な安宿にチェックインし、3時間ほど仮眠をしてからチェンマイの町を歩いてみた。
そこそこ発展はしているのだが、バンコクのようにうるさくはなく、気温も涼しいので、非常に過ごしやすい町だった。ナイトバザールで180Bの厚手のセーターを買い、寒さに備えた。夕食は、チェンマイ名物のカオ・ソーイなるものを食べた。あっさり塩味のスープに平打ち麺が入っており、更にその上に揚げてパリパリになった麺を乗せ、ほぐしながら食べるというものだった。日本で言えばあんかけかた焼きそばのような感じで、かなりおいしかった。パクチー以外は。
宿に戻り、寝る前にシャワーを浴びた。
夜になるとかなり肌寒くなってくるので、ホットシャワーでしっかり体を温めてから寝ないと風邪をひいてしまうかもしれない。そのために、多少高くてもホットシャワー付きの宿を選んだのだ。
とは言っても安宿なので、アツアツのシャワーが勢い良く出てくるなんてことはまず期待できないが、ぬるま湯でもいいので体を流し、スッキリしてから明日のトレッキングツアーに備えたかった。
そう思い、シャワーの蛇口をひねった……
出てきたのは……冷たい水……っ!
……いや……冷静に考えると……まだ蛇口をひねったばかり…………
日本のシャワーだってそう……出してすぐの水が冷たいのは至極当然……自明の理……
まだだ……今はまさに……耐え忍ぶとき……っ!
時間がたてば水は温まってくる……!ホットシャワーとは……そういうもの……!
…………
……………………
………ざわ………………………ざわ……


が、駄目っ!いつまでたっても水は温まらないっ……!冷たいままっ……!
くっ……どうなってやがる……
これじゃ……ひいちまうだろうがっ……風邪を……っ!
……はっ!?
まさか……ついてない……?ついてないのか……ガスの……スイッチが……っ!
ばかな……まわりを見ても……ないっ…!そんなスイッチは……見当たらない……っ!
ならば……原因はひとつ……自ずと導きだされる……フロントへの道……っ!
フロントへ行き……受付の姉ちゃんを呼び出す……っ!
「おい……っ!出せ……っ!お湯…っ!出せっ!出せっ!出せえっ!!」
「あ……出ない……?出ないの……?お湯……」
「出ないの……?じゃねえよっ……!出ねえよっ……!!お湯っ…!!」
「……じゃあ出ないよ……」
「あ……?今……なんと……『出ない』と……?『出ない』じゃねえだろうが……っ!出せよっ!お湯っ!!」
「………ごめん(笑)」
『ごめん(笑)』だと……こいつ……なんの悪びれる様子も無く……『ごめん(笑)』……!なめてやがる……嘲笑ってやがる……許さねえ……悪魔……悪魔だ……!
その後も粘ったが……駄目……っ!出ないものは出ない……他の部屋も満室……しかし今日シャワーを浴びなければ……明日からは満足に浴びれないはず……
くそ……っ………くそっ………!!
仕方ねえ……っ!
俺は……脱いだっ…!服を……全てっ…!!
これだけでも寒い……
そして蛇口をひねる……っ!
出るっ…!出るっ!!冷水っ…!!
ゴクリ……
………ざわ……………ざわ………………

そして……意を決し……浴びる……!!飛び込む……!!冷水ふき出すシャワーの真下……!!


ぎゃあああああああああああああああああ!!!!
キンキンに冷えてやがるっ………!!
うっ……ううっ…………
涙が出るっ…!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
犯罪的だっ……!寒すぎるっ……!
冬風にさらされ冷え切った体に………この冷水……っ!染みこんできやがる……体に……っ!
これは……死ぬっ……!!出るんだっ…!一刻も早くっ…!可能な限り速くっ!動かせ……手をっ……腕をっ……加速させろっ…!

心を………燃やせえええーーーーー!!!!



シャワーから出た俺は……

汗だくだった。

仕事を終え、眠りについた。
困難を乗り越えた俺の寝顔は、安らかだっただろう。そうに違いない。





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