長距離バスがキャメロン・ハイランドについたのは昼の2時頃だった。
3時間程山道をくねくねと走り続けたおかげで少し気持ち悪くなってしまったのだが、到着してバスを降りるとやはり涼しく、高原地帯特有のヒンヤリと澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込むとすっかり気分は良くなった。
降りていきなり客待ちをしているタクシーの運転手やホテルの客引きに囲まれたが、全て断って歩き出そうとすると、やけにしつこい客引きの一人が何かの紙を差し出しながら話しかけてきた。
「君は、コリアンかい?」
「いや、ジャパニーズだよ」
渡された紙を見てみると、それはバックパッカーが集まるゲストハウスのチラシで、シングルルーム一泊なんと12RMと書いてあった。
「どうする?行くなら送ってくよ」
個室で12RMという異様な安さに釣られ、送ってもらうことにした。
宿に着き、部屋を見せてもらった。
「さぁ着いたよ。ここが君の部屋だ」
「……ハハハまっさかぁ!これは押し入れだよキミ。冗談キツイなもう。もしかしてここはジョーク・アベニューなのかい?」
「ん?何を言っているんだ?ここがユア ルームだよ」
「ここがマイルームか~じゃボクはもう寝るからちゃんと宿題してから寝るんだよのび太くんって何やらすんじゃコラ!俺はドラえもんじゃねぇんだよ!!」
「………………………え?」
「あれ、これがやりたかったんじゃないの?」
「………………」
「………………………(^_^;)」
「………………ユア ルーム」
「…………………マイ ルーム?(^_^;)」
「………………イエス」
NOoooooooォォォォォォッッッッ!!!!!
これが……部屋……だと……?
まず、部屋の高さが150センチくらい。身長180センチの俺はかがまないと入れない。しかも奥に行くにしたがって低くなっていく。その奥行きは約2メートル。幅は1メートルちょい。だいたい1.5畳くらい。閉所恐怖症の人なら間違いなく発狂してわけもわからずじぶんをこうげきしてしまうだろう。これを堂々と「シングルルーム」と言い張っているのだから、もはやなんでもありである。
このとき立てたフラグを、ようやく回収できたようだ。
そうだ。この宿に泊まろう。泊まって強くなろう。旅はまだまだ続くのだから。
その後少し仮眠を取り(ドラえもんスタイル)、町に出かけた。
ここはキャメロン・ハイランドの店や宿が集まる「タナ・ラタ」という町で、10分も歩けば大体全部見れてしまう程の小さな町だった。
なんとスタバがあったので一休みし、屋台で遅めの昼食を取り、翌日の宿探しをしてから、宿に戻った。
すると、ロビーで見覚えのある顔を発見した。
「オー、リョウ!リョウじゃないか!」
「……!? アンダース!」
なんと、マラッカの陽気なデブがいた宿でルームメイトだった、自転車で旅をしているアンダースだった。
彼の傍らには荷物を載せたロードバイクがあり、彼の疲れようを見るとたった今この宿に着いたようだ。
「今チェックインを済ませたんだ」
「……部屋は見た?」
「いや、まだ見てない」
「ある意味面白いよ」
それにしても、こんな僻地で旅行者と再会するなんて、なんという偶然だろう。
ていうかさっき俺がバスで登ってきたくねくねの山道を自転車で登ってきたのかよ……
こいつ……つおい!!
しばらくは彼と再会の喜びを分かち合い、お互いのこれまでの経路での出来事などを語り合っていた。
彼はあれからえっさほいさとマレー半島を北上し続け、クアラルンプールやイポーなど小さい町にも寄りながら、やっと登り道の頂点であるキャメロン・ハイランドへ着いたのだという。
やがてアンダースは「うわ俺の体くせえ!」と言ってシャワーを浴びに行った。
夕食は、アンダースと近くの中華風屋台へ行き、チャーハンを食べた。
やはりうまかった。中国人のチャーハンは食べるたびに感動する。
料金は4RMだったので10RM札を渡すと、5RM札と1RM札を返された。にこやかに2枚の紙幣を渡し、奥に帰って行こうとする主人を、俺はすかさず呼び止めた。
「待ってください」
「…………なんだい?」
「この5RM札、他のと替えてください」
「どうしてだい?大丈夫さ!ちゃんと使えるよ!」
「いいから替えてください」
「……わかったよ」
俺は5RM札の端が破れて、セロテープで補強されてるのを見逃さなかった。甘かったなおっさん。一流の旅人は紙幣を渡されたらその場で状態を確認するんだぜ!
少しでも破れてる紙幣は、どの店に行っても難癖つけられて使えない。そうやって、汚い紙幣はあらゆる意味で弱者である旅行者や貧乏人が掴まされるようになっているのだ
以前そんなことも知らず、食堂の会計で少し破れた5RM札を掴まされ、その後どこへいってもその紙幣を突き返されて苦い思いをした。最初の失敗は歓迎するが、同じ失敗はしないようにしていきたい。
宿に戻り庭で食後の一服をしていると、やはり高原だけあって、よく冷えた風が容赦なく吹きつけてきた。暑さに慣れた体に、冷たい風はしみ込むようによく効いた。気温の変化で体調を崩さぬよう、早めに寝てしまうことにした。しかし、部屋に戻り、布団を被って寝ていても、足元が妙に寒い。風を切るような不穏な音も聞こえる。まさかと思い、足元の壁の角に手をさらしてみると、なんとも気持ちいい冷風が送られてきている。空調の風が漏れているのかな?と思い風の吹く壁の角を覗き込んでみると、老朽化で空いた穴ボコから満天の星空と月明かりに照らされたタナ・ラタの街並みが見えた。
わ~~キレイだな~
俺は静かにタオルを穴ボコに詰め、布団を頭までかぶり、膝を抱き、小さくなって眠りについた。
またひとつ、強くなった気がした。