国境線上のデプリスト


シンガポール行きのバスは、マレーシアとシンガポールを結ぶ幹線道路を軽快に走っていく。これに乗っていれば、出国、入国イミグレーションを経てシンガポールの中心街まで連れていってくれるらしい。
しばらく走っていると、前の方の座席でイヤホンをしてPSPの画面を熱心に見つめている中国人の席から、音漏れが聞こえてくる。首を伸ばして覗き込むと、彼はなんと日本の萌えアニメを観ていた。遠目で見るPSPの映像と僅かに聞こえる音漏れだけで何のアニメか判断しようと思い集中して聞いていたが、マニアックなアニメを見ているらしく俺には判らなかった。

やがて、なにもないただの道路の上でバスは停まった。
「シンガポールまで行く奴はここで降りろ!!」
いきなり運転手が叫ぶ。こんな場所で降ろされても困る。俺がうろたえていると、先ほどのオタク中国人がすごすごと俺に近寄ってきた。
「アノバス、ノル」
カタコトの日本語が話せるらしい彼の指差す先には、確かにバスが停まっており、その前で運転手らしき男が大きな身振りで手招きしている。
オタク中国人もシンガポールに行くらしく、二人でバスを降り次のバスへと乗り換えた。
彼は日本が好きなのだろうか、俺が日本人だとわかると、特に話しかける訳でもなくただひたすらに熱心に視線を送ってきた。今では後悔しているが、その時俺は「うわキモ・・・」とだけ思いシカトを貫いた

やがてバスはマレーシアの出国イミグレーションに到着し、パスポートを持って降りた。二言三言の短い質疑応答と、判を押してもらうだけの簡単な手続きを終え、同じバスに乗り込んだ。
また少し走り、今度はシンガポールの入国イミグレーションへと進んだ。ここで少し面倒なことになった。
俺は中三の時受験勉強しすぎてついたクマがとれないという理由で人相が悪いため、どの国でも危険人物に見えるらしく、割とちゃんと入国審査をする国では結構な確率で別室に連行され聴取を受ける。このイミグレーションでも、判を押す係の男が俺を見るなり隣で審査をしていた男と目配せをして何か相談し始めた。俺の前に並んでいた白人女性はものの数秒で通過してしまったのに。俺は不安な気持ちで彼らの審議をしばらく待っていた。
「・・・お前、ちょっとこっちへ入れ。ここに座れ。はい次の人。」
何を言われるかと思えば、なんと審査係の彼は俺をデスクの内側に招き入れ、椅子に座らせ、普通に次の人の審査を始めた。
審査を受ける旅行者達は、何故か審査係側にいる俺を見て訝しげな表情をしている。
これ職業体験の社会科見学みたいになってるけど大丈夫?俺も審査しようか?あ、ちょっとこいつ目付き怪しいから別室で取り調べしたほうがいいんじゃない?・・・まあいっか。はい次の人
などと調子に乗っていると、やがて審査係の上官っぽい空気を纏ったデップリした男が現れ、俺は別室に連行された。
部屋に入ると、デップリした上官の取り調べが始まった。
「シンガポールは初めてか?」
「はい」
「金は?いくらある?」
俺は手持ちの現金がいくらあるのか、脳内で計算していた。
「えーー・・・・・・っと・・・・・・」
「おい!答えろ!金はいくらだと聞いている!」
「ん~~・・・っと、まあ大体2000ドルくらい??」
「大体?大体だと?正確に言え小僧!」
「知らねーよ!その辺適当なんだよ!」
てかなんでこいつこんなケンカ腰なんだよ・・・なんかむかついてきた。
「じゃあ見せろ」
「・・・は?」
「現金を見せろ!金をここに出せ!」
なんだこいつめんどくせーなあデップリしてるクセによぉ!
仕方なく俺はバックパックの奥底とズボンの内側の秘密のポケットにしまってある現金を机の上に出した。
「・・・これで全部か?」
「そうだ」
デップリ野郎は俺の出した札束を乱暴にひっつかみ、指をぬぺぺと舐めて数えだした。
「その指で触んなハゲ!きたねーなこの野郎!」
シャラップ!!ここを出たいなら俺に従え小僧」
「・・・」
むかつくけどここは耐えておこう。入国してしまえばこっちのもんだ。
デップリ野郎は札束を数え終え、紙に何か書いている。そしてまた険悪な取り調べが始まった。
「入国して何をする?」
これには決まり文句を答える。
「観光」
「どこに滞在する?」
「だからその辺適当なんだって!」
「それじゃ入国できないぞ」
あーーもういちいちうるせーーーーー!!
「あー、あれだよ!セントラル(適当)にあるシンガポール・ホステル(適当)だよ!!
「・・・本当か?」
「・・・本当だよ!!(嘘)
その後も調書をとりながらのくだらない質疑応答は続き、しびれを切らして口論になりかけたとき、
「もういい、行け!」
と言われ追い出されるように部屋を出た。しかし次の手荷物検査場へ行く道には鉄格子のような扉があり、なぜかロックされていて進めなかったので、開いていた方の扉から出ると、先ほどの入国審査場だった。仕方がないので先ほどの審査係の彼の列に並びなおし進むのを待つことにした。俺の順番が来ると、審査係の彼は俺を見るなり吹き出した。
「・・・また来たのかい」
「・・・だってあっちの扉ロックされてて行けなかったんだもん!」
事情を説明すると、
「今確認するから待ってて」
と言われ、しばらく待たされた挙句、また別室へ連行された。



ふざけんなおい!!たらい回しにすんな!!!こんな無限ループいやだ!!!!
部屋に入ると先程のクソデップリマンが居て、俺を見るなり叫んだ。
もう行けって言っただろうが!!
知らねーーーーーーよ!!!!!ドア閉まってたんだよクソ!開けろハゲ!!

ゴタゴタの末なんとか鍵を開けてもらい、次の手荷物検査場へと進むことができた。
ここまでおよそ30分ほどかかってしまった。俺以外のみんなはもうとっくに入国を終えているので、バスで待たせてしまっている。早く行かなければ。
手荷物検査は意外な程あっさり終わり、俺は小走りで入国イミグレーションを出た。
早くバスを見つけて乗り込み、みんなに軽く謝ろうと思いながら、バスを探していると、・・・・・・

探して・・・・・・

さが・・・・


バスいっちゃってる・・・・・・

本当に行ってしまったようだ。10分以上探してもどこにも見当たらない。
ウソ・・・だろ・・・?そんな・・・置いていくなんて・・・ひどすぎるよ・・・・・・
悲しくなって、バスターミナルを警備していたオッサンに
「バスに置いてかれちゃった・・・・」
と言うと、
いや、知らんよ
と非常に淡白で冷たい返事が帰ってきたので、俺は心で泣いた。

大きな精神ダメージを負いフラつく足取りでバスターミナルを彷徨っていると、偶然シンガポールの街中へ行く市バスを発見したので、7RM払って乗り込み、なんとか市内へは行くことができた。
さあ気をとりなおして旅を再開しよう。俺はバスを降り、シンガポールの東京に勝るとも劣らない巨大なビル群の中を歩き出した。





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