飛行機の中では、ひたすら映画を見て過ごした。
隣には南米系と思われるおばさんが座っており、一人でコメディ映画を見て大爆笑していた。あとで聞いた話では、彼女は乗り継ぎを重ねに重ね、かれこれ24時間も飛行機に乗っているせいで頭がおかしくなってしまったらしい。そりゃこんな窮屈な空間に窮屈な体勢で長時間座っていたら頭もおかしくなるだろう。
タイの時間で夜の12時ごろ、俺がエコノミークラス症候群になりかけたとき、飛行機はバンコクのスワンナプーム空港に到着した。
飛行機を降りて歩いていると、突然、自分の目の前に、何にも縛られることなく過ごせる、最高に自由で、そして膨大な時間があるのを感じて、嬉しすぎて泣きそうになった。
「さぁ!これからどうしようか!!」という感じだ。
先ほどの南米のおばさんの話では、この時間でも、カオサン通りという「バックパッカーの聖地」と呼ばれる場所に行けば大体の店はやっているらしい。
このままカオサンに行ってもいいのだが、飛行機や長距離バスなどの乗り物で寝ることのできない俺は、ひたすらに眠かった。それに、空港のいたる所で現地人のおっさんや旅慣れてそうな旅行者が思い思いに自分の領地を作って眠っているのを見て、なんか俺もそれをやってみたくなった。
見知らぬ土地の公共の場所で寝そべって眠りこけるなんて、普段の日本人そして常識人としての俺なら絶対にしないことだ。しかし!俺はこの旅ではずうずうしくなることに決めているのだ。
俺は厳かにベンチの一角に、バックパックとリュックで寝るための特製シートを作り、ずうずうしくも満を持して眠りこけることにした。……zzz
……30分程寝ただろうか。起きたら、体中が蚊にボコボコにされていた。しかも、日本の蚊とは比べ物にならないくらいかゆい。異常にかゆい。旅が始まったからと言って調子ぶっこいていた俺は、早くもアジアの洗礼を受けてしまったようだ。
しかし、この程度でへこたれていてはこの先どう考えても心がもたないだろう。常に逆境を楽しむくらいの気持ちでいたい。
日本から、タイのガイドブックだけは持ってきた。それによると、カオサンへ行くバスが朝5時にあるらしい。俺は迫り来る蚊たちと戦いながら、5時まで待つことにした。
その間は、寝ようとして蚊に起こされたりお腹が空いて食料買ったり、日本から持ってきた「深夜特急」を読んだりした。
長い4時間が過ぎ、5時になった。
……バス来ない。というか乗車券売り場に乗車券売る人がいない。……ここは日本ではないので、そんなことがザラにあってもおかしくはないんだろうと思い、待つことにした。
5時半になってようやく、売り場のねえちゃんが眠そうな目をこすりながら出てきたので、バスに乗ることができた。眠さは限界を突破していたので、座ってうとうとしていたら一瞬でカオサンに着いた。
バスを降り、重い荷物を背負って道を歩き出した途端、「あ、旅が始まったんだな」と思った。
俺の旅が、始まった。