ての届かない喫茶店


8時間の列車の旅を終え、マレーシアの首都であるクアラルンプールに着いたのは朝7時頃だった。
安宿探しのため、とりあえずチャイナタウンへ向かった。どこへ行っても、とりあえずチャイナタウンに行けば、安全な安宿と安くてうまい屋台が見つけられる。
朝も早いのでなかなか空いている安宿が見つけられず苦労したが、なんとか粘って朝9時頃に1泊25RM(700円弱)のシングルルームを借りることができた。先ほどの肉のカーテンのせいで寝不足なので、ひたすら眠い。俺はそのままベッドに倒れこんだ。



・・・・・・・・おえっ

枕くさっ!!うわなにこれ!枕からヌメった三角コーナーのニオイがする!!・・・おえっ。
眠くて枕を交換してもらいに行くのも面倒だった。俺はその汚い枕を床に放り投げ、泥のように眠った。

起きたのは1時頃だった。3時間程しか寝ていないが、やけに頭がすっきりしていたので外へ出てみることにした。
見上げると、街の中心にズドドンッ!とそびえ立つ「ペトロナス・ツインタワー」という双子のでっかいタワーが見えた。とりあえず、それに向かって歩いてみた。
大通りをしばらく歩くと、ここが東南アジアなのか不安になった。ジャングルのように生い茂る高層ビル、100メートルごとのマックと50メートルごとのおしゃれなカフェ。オフィスビルには名前を聞くだけで脳汁がアルカリ性になりそうな外資系や日系企業のオフィスが、ショッピングモールには名前を聞くだけでのどちんこからコンデンスミルクが出てきそうな有名ブランドがひしめき合っている。寝ている間に東京に帰ってきてしまったのだろうか。しかし、街を「お前セックスアンドザシティの見すぎだよ!」とつっこみたくなるようなしたり顔と腰の振りで歩いている女性たちは、頭に色とりどりの布を巻いており、それだけが、ここがマレーシアであることを確認できる唯一の手段のようだった。
と言っても、街を歩く女性全てが全身民族衣装に身を包んでいるのではなく、頭に巻いた布以外は普通にお洒落な格好をしているのだ。太もも丸見えのダメージデニムに、胸がぽっかり開いたタイトなTシャツ、頭だけ布でガッチリ。そこまでいったらもうその布いらなくね?と思ってしまうのだが、彼女らには彼女らなりの事情があるのだろう。

それにしても、マレーシアの首都と言えど、クアラルンプールがここまで発展しているとは思わなかった。タイで言えば、バンコクの、サイアム地区の、最も洗練された部分を街中に敷き詰めた感じだ。闇雲に工事して無粋に発展した訳でもなく、ちゃんと街としておしゃれにまとまっているのだ。ここまで完成された街に、俺のような一介の貧乏旅行者が溶け込むスキは無いように感じられた。
思わぬ街の発展に尻込みしつつ大通りを30分程歩くと、天高くそびえ立つペトロナス・ツインタワーに到着した。そのタワーは、窓とタワー自体の外枠の形が創りだす直線的な幾何学模様で全面覆われていて、無機質な威圧感をビシバシ放っていた。ファイナルファンタジー5とかに、何かのスイッチで突如地面からズボボボボと出てきそうなタワーであった。
怯えてても仕方ないので、とりあえず中に入ってみる。中はほぼ全て有名ブランドがひしめいていたので、偶然見つけた「kinokuniya」という日系書店の日本人向けコーナーで本を立ち読みし、しばらく時間を潰した。
外に出ると、もう真っ暗だった。一体何時間本屋に居たんだろう。俺は日本でも一度本屋に入るとしばらく出れなくなってしまう。きっとそういう病気なのだ。
腹減ったし、昨日からシャワー浴びてないし、立ち読みしすぎて疲れたし、とりあえずチャイナタウンに帰ろう。ここに来るときは空にそびえるタワーを目印にしてこれたが、帰る時はどうすればいいんだろう。まあなんとかなるか!
コンパスを見ながら南西に歩いて行くと、あっさりチャイナタウンに着いた。屋台で、ペナンで食べたロティ・チャナイと肉骨茶(パクテー)という肉入り漢方スープを食べ、宿に戻った。

翌日も、クアラルンプールの街を歩いた。屋台巡りをして腹ごしらえをし、宿探しをした。枕のくさくない宿に泊まりたかった。何件かまわり、長距離バスターミナルの目の前にあるドミトリーに決めた。チェックインを済ませ、ロビーで一休みしていると不意に日本語で声をかけられた。
「日本人ですか?」
振り返ると、推定40代半ばから後半の日本人男性が居た。それから、彼と少し話をした。どうやら、彼も同じルートでタイから南下してきたらしく、ペナンでは俺と同じあの2畳半程の個室に泊まっていたらしい。事情は聞かなかったが、無職になってからあてのない旅をしているのだそうだ。彼はもう1週間程クアラルンプールに滞在しているというので、この辺の地理の事や天候のこと、バスでの移動のことを教えてもらい、彼とは別れた。

その後、オーケストラを聴くためにペトロナスツインタワーへ行ったがチケットが売り切れており、仕方なくタワーの目の前にある人工の公園でひと休みし、それから街歩きを開始したが、にわか雨が降ってきたので近くのカフェに飛び込んだ。
雨が止むまでコーヒーでも飲みながら今までの分の日記でも書いていようと思っていた。
席に着き、店員を呼ぼうとフロアを見渡すが、客入りはほどほどなのに店員たちは異常なせわしなさで動いていた。何かあったのだろうかと心配になるほどだ。何度も声をかけようとするが、彼らは一人残らず何かに追われていてなかなか声をかけることができない。やっと一瞬のスキを突いて声をかけても
「すいません!!飲み物頼んでいいでs」
「ちょっと待って!!!」
となる。5分程待つとさっきの店員が走ってきて、
「で!?オーダーはなに!?」
目が血走っている。
「あ、えっと、カフェラt」
ちょっとまって!!!!

「テ!」おい!!「テ!!!」まてコラ!あと1文字くらい聞け!!あー行っちゃった!「カフェラ」まで言えたのに!あと1文字だったのに!!おしい!残念!
俺は無言で店を出た。

近くのカフェで龍眼(ロンガン)という果物が入ったミルクラテを飲みながら日記を書いていると、雨も上がったので、街歩きを再開した。
クアラルンプールは発展しているものの、街全体は徒歩で端から端まで行けちゃうくらいの大きさしかなく、意外とこぢんまりとまとまっているのだ。世界中から高層ビルを集めて、ぎゅっと固めて、マレー半島の真ん中らへんにチョコンと置いただけ、という感じだ。クアラルンプールの展望台である「KLタワー」に登って俯瞰してみれば、その様子がよくわかって面白いだろうと思い行ってみたが、入場料がとても貧乏旅行者が払える金額ではなかったので諦めざるを得なかった。

宿に戻ると、4人用の俺の部屋には、俺を含め3人の荷物が置いてあった。そのうちの一人の荷物が置いてあるベッドの上に、日本語の「地球の歩き方」が置いてあるのが見えてしまった。本当に、どこへ行っても日本人がいるものだ。夕食を食べて部屋に戻ると、その日本人が居た。若い男性だった。同世代くらいと思い話しかけると、関西人らしく軽快なノリで喋ってくれた。彼は大学4年生で、就職留年したので、1ヶ月でマレー半島を回るとても忙しい旅をしているらしい。ラオスにも行ったらしく、山道を走るバスでひどい目にあった話などを聞かせてくれた。そのまま俺達は、それぞれのベッドに寝そべりながら、寝るまで話をした。なんだか修学旅行の夜みたいな感じがして、懐かしくて楽しかった。

翌日は、目の前の長距離バスターミナルで翌日出発のマラッカ行きのチケットを買った。その日もクアラルンプールを歩いたが、日本の都心を歩いているのとあまり変わらない気がしたので、あまり楽しめなかった。この街はもういいだろうと思った。次にどこへ行くか迷っていたが、やはりこのまま南下を続けることにした。ここまで来たのだから、もういっそマレー半島の果てであるシンガポールまで行ってしまおう。そう思い、クアラルンプールとシンガポールの間にあるマラッカという町に行くことにした。





次へ
TOP