肉のあたる窓際


フィッシュヘッドカレーの店で見事食の暴挙に打ち勝った俺は、これから二次会へ行くというブッチャー一行について行った。
着いた場所は外国人向けのお洒落なバーであり、まだ昼過ぎであったので客は俺たちだけだった。
そして宴が開催された。カレーで膨らんだ腹に、ビールが瓶1本分入り、俺の腹は満腹を通り越してもはやトリップ状態だった。
宴が終わると、(俺はほとんどぐったりしていただけだが)そろそろお開きということで、ブッチャーの知人がやっている安宿に連れて行ってもらった。6畳ほどのシングルルームが20RM(600円くらい)で、それほど悪くもなさそうだったので、そのままチェックインし、みんなとは別れた。矢島さん、マリさん、ケンさんとは、マリさん夫妻の住む北海道で必ず再会しましょうと約束をした。人情に篤い人たちで、とても別れを惜しんでくれていたのが嬉しかった。
彼らはもう帰ると言っていたが、どうせどこかでまた飲み直すのだろう。ブッチャーには、また会えたらいいなと思う。今度は俺が友達を連れて、この街でブッチャーと飲みたいと思った。

部屋に戻ると、寝不足と満腹のコンボで異常な眠気が襲ってきたが、明日ペナンを発つつもりなので寝てしまわないうちに洗濯を済ませ、シャワーを浴びて、ベッドに入った。

翌朝、朝食を食べてから、マレーシアの首都であるクアラルンプール行きの列車の時間を調べに、フェリー乗り場の中にある鉄道オフィスへ行った。 受付に聞くと、料金の安い2等列車は夜11時の列車しかないと言われた。バスならすぐに出れるのだが、マレー半島を列車で縦断することに無駄なこだわりを持っている俺は、その場で列車のチケットを買ってしまった。
発車まであと12時間以上ある。どうしようかと思ったが、迷っていても仕方がないのでとりあえず街を歩いた。あてもなく歩きまわり、あてもなくバスに乗った。街歩きの訓練にと、わざと迷って、違う道からコンパスを頼りに帰ったりもした。そろそろ、地図とコンパスがあればおよそもう迷うこともないだろうという自信もついてきた。
街歩きに疲れると、カフェでアイスラテを飲みながらひたすら日記を書いた。その日の分まで書き終えるのにたっぷり5時間もかかってしまった。
もう夜の7時だったので、アイスラテ1杯で粘りすぎてしまったことを店員に詫び、荷物を預かってもらっているホテルへと帰った。

発車時刻まではまだまだ時間があったが、することもないので、とりあえず駅のあるバタワースへ行くフェリー乗り場へ向かった。
乗り場までの道で、偶然隣を歩いていたアジア系の顔をした青年に話しかけられた。
マレー人とも、タイ人とも、中国人とも、日本人とも思える国籍不明の顔面を持つ彼からかけられた言葉は、全くわけのわからない言語だった。
俺が困惑していると、英語で
「あれ・・・?君は何人?」
と聞かれたので
「日本人だよ」
と答えると、
「そうか!ごめん、中国人だと思った!」
と笑いながら謝られた。
彼はフェイズ君という名で、これからフェリーに乗ってバタワースにバスのチケットを買いに行くというので、時間まで彼と話すことにした。
フェイズはマレー人の27歳で、アイルランドでホテルマンの仕事をしているらしい。今は休暇でペナンの実家に帰っているという。日本にも旅行したことがあるらしく、思い出を語ってくれた。
「日本では、温泉に行ったんだ。マレーシアには温泉が無いから、日本の温泉が恋しいよ。でも、日本人はみんなシャイなのに、どうして温泉ではみんな素っ裸でいられるのだろう?僕はとても恥ずかしかったよ!」
「日本人、ジャパニーズはね、他人に無関心なんだよ。他人にノットインタレスティング。だから満員電車、満員トレインでも他人とボディを密着させたり、温泉で他人にハダカボディを見せられるんだ。ドゥーユーアンダースタンド?日本は狭いから人と人との距離は近い、クローズだ。しかし心は遠い。近くて遠い。近くてソーファラウェイなんだ。」
と、俺の英語力だとこのようにルー大柴風にしかならないので、
「そうだね、不思議だね!」
と相槌を打っておいた。

バタワースに着いたが、発車時刻まではまだ2時間以上あった。フェイズは、近くの食堂でチャイを飲みながら、時間まで付き合ってくれた。
彼は様々な国を旅行していて、旅行で面白かったこと、びっくりしたこと、危険だったことなどを話してくれた。パリはとても汚い街だったとか、スペインは安くて楽しかったとか、麻薬をやるならここがいいだとか。俺が日本でバーテンダーのアルバイトをしていること、バンドをやっていることを話すと、酒や音楽の話で盛り上がった。
気づけば発車時刻が迫ってきていたので、アドレスを交換し、マレー半島を縦断した帰り道でペナンに寄ったら、また会おうと約束して、彼とは別れた。

それから、夜11時に来た列車に乗って、マレーシア最大の都市であるクアラルンプールへ向かった。
席に着き、空気枕を膨らましていると、前方に推定100キロはあろうかというとてつもない巨体を抱えた少年が、キョロキョロと自分の席を探していた。
俺は窓側の席であり、隣の席は空席だった。
まさか・・・・
やめろ・・・・くッ来るなッッ!!
やめてくれ・・・・・・ッ!!

しかし、俺の想いは届かなかった。
俺は体の左半分を窓のカーテンに、右半分を生ぬるい肉のカーテンにやさしく包まれながら、約8時間の列車の旅を耐え続けた。





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