昨日の敵は、今日の友達。


翌朝は9時ごろ起き、屋台で朝食を食べた。
3RMの汁無しワンタン麺と、食後にはやはり激甘のチャイを飲んだ。チャイを飲むと、とても幸せな気持ちになる。
この店はペナン島のチャイナタウンにあり、店の主人も中国系だったので、調子にのって
「好吃(ハオチー!)」
と声をかけ、悠々と店を出ると、後ろから
「ちょっと待て」
と声がかかった。何だと思い振り返ると、主人は怖い顔して
「……金は払ったのか?」
と言った。
どうやら調子に乗りすぎたらしい。俺は金を払い、笑顔でごまかしながら店を出ようとすると、主人に
「君は韓国人か?」
と聞かれた。俺は昨晩読んだ小説の一節を思い出し、
「ノ・ソイ・コレアーノ・ニ・ソイ・ハポネス・ジョ・ソイ・デサライガード(俺は韓国人でも日本人でもない、ただの根無し草だ)」
と答えたかったが、調子に乗りすぎる前に止めておいた。

それから、ペナンに来てから3日ほど世話になった宿をチェックアウトし、バスでジョージタウンの北にあるバトゥ・フェリンギという町に向かった。
この町はにぎやかなビーチのある町で、俺はソンクラーでできなかった海水浴を今日こそしたいと思っていた。

バトゥ・フェリンギに到着し、とりあえずは宿探しを開始した。
ビーチ沿いにゲストハウスが集まる通りがあったので歩いていると、浅黒い肌に小太り、ダミ声に真っ黒サングラス、陽気なアロハシャツ姿の、それはもう見るからに怪しすぎる男が話しかけてきた。
「どこに泊まるんだい?」
「今探しているんだ。」
すると彼は、その答えを待っていたかのように、間髪入れずに続けた。
「安いところ知ってるよ!ついてきな!」
そして、俺の前をスタスタと歩き始める。この男は、俺が後をついて行くと確信している。
すまんが、俺はそういうのをへし折るのが大好きなんだ……
俺は音を立てずに方向転換し、男から離れていった。
男はしばらくして俺が後をついて来てないのに気づいたらしく、近くに停めてあった原付で追いかけてきた。
「おーい!ついてこいって!安いくていいとこ知ってるから!」
……さて、どうしたものか。
この男は、怪しい。怪しすぎる。ここまで怪しい感じを出しちゃってる人を今まで見たことがない。男の顔にはでかでかと、「詐欺ちょ~たのし~~」と書いてあった。
なんだか面白くなり、彼についていくことにした。
やがて、ビーチの目の前にある1軒のゲストハウスにたどり着いた。
まあ聞くだけ聞いてみようと思い、なぜか白人の宿の主人に1泊いくらか聞いてみた。
「1泊60RMだよ。」

……はぁ?
高っ!!………高っっ!!!!!ふざけんな!!60RMってどこの高級ホテルやねん!!日本円に換算すれば1800円程度だが、ここにきて日本円に換算する意味など無い。ジョージタウンで泊まっていた2畳半くらいのネカフェの個室のような部屋は18RMだった。海沿いで相場が少し上がるからと言って、やはり出せても1泊30RMまでだ。こんな宿に用はない。
白人のオーナーに別れを告げ宿を出ると、さっきの男が待っていた。
「どうだった?」
「俺には高すぎるよ」
「いくらくらいの宿を探してるの?」
「20か……30RMくらい」
「…………フッ」
……鼻で笑われたんですけど。
「……あのね、ないよ。そんな安いトコないんだよここには」
この常識知らずを諭す大人のような口ぶりがまじでむかつく。
仕方無いのでガイドブックを頼ることにした。
見てみると、何とこの辺に、映画版「深夜特急」の舞台となった「アーベンゲストハウス」があるらしい。それも、25RMだった。これでもうこの男についていく必要もない。
「俺はアーベンゲストハウスに行くから。もう大丈夫だよ」
そう言うと、男はまた鼻で笑う。そしてある場所を指差す。
「アーベンね。あっちだけど……」
男の指差す方を見ると……
「もうつぶれたよ」
取り壊された家屋の跡地のようなものがあった。ガイドブックの地図に表示されている場所も合っている。どうやら取り壊されたというのは間違いないらしい。俺はガイドブックももう一度よく見直し、もう1軒良さそうなゲストハウスがあるのを発見した。
「じゃあこの、ベンキートゲストハウスは?」
「それもつぶれたよ。」
ガイドブックに頼ろうとした俺が馬鹿だったようだ。男の、終始半笑いで馬鹿にしたような口ぶりにももううんざりだ。
「もういいよ。歩いて探すから」
俺は早足で彼の元を去った。すると後ろから、
「ないから!そんな安いトコ、ないからなーーーー!!」
という男の叫びが飛んできて、俺の耳に入りそうになったが、俺は首をこくんと前に傾けそれを避けた。

それから、ビーチ沿いをしばらく歩き、何軒か安そうな宿を回って聞いてみるが、どこも50RM、60RMと変わりばえのしない値段ばかりだった。
それでもバックパックを担いで必死に歩いていると、マレー風の民家の部屋にベッドを置き、旅人に安く貸している民宿のような宿を発見した。
勝手にあがりこみ、リビングまで行って丁度料理をしていたおばちゃんに一泊いくらか聞いてみると、40RMという答えが返ってきた。
十分に高い。しかし、この辺では最安値のようだ。それに、重いバックパックを背負って歩くのはもう疲れた。目の前には広大な海とビーチが広がっている。そろそろ妥協して、念願の海水浴を果たそうじゃないか。
仕方無しに、1泊だけ泊まることにし、部屋に荷物を置いて早速ビーチへ繰り出した。
白い砂浜!蒼い海!そして澄み渡る青空!念願の海水浴だ!さあはしゃぐぞ!!!



………

あ、俺ひとりなんだった………

どうやって楽しめばいいんだろう……?

という不安も最初こそあったが、一人旅を始めてもう1ヶ月が経とうとしている。さすがにその辺の感覚は麻痺している。ここは日本ではなくマレーシアだ。知ってる人は一人もいない。誰にも迷惑をかけなければ、何をしてもいいのだ。
俺はひとりのビーチを満喫した。
ひたすら波に体をあずけて漂っていたり、
本気で泳いだり。
水死体ごっこしたり、
波に本気でパンチし続けたり。完全に小学生である。とても日本では恥ずかしくてできない。

ひとしきり遊んでからビーチで休憩していると、さっきの見るからに怪しげなマレー人の男が、海辺の屋台でヤシの実ジュースを飲んでいたのが見えた。さっきはまじでムカついたが、だからこそ湧く親しみというものがある。「昨日の敵は今日の友」って、古い言葉があるし。俺は声をかけた。
「よお!何してんの?」
男はジュースを飲みながら答えた。
「仕事さ。……これ食べる?」
男はヤシの実ジュースを一口に飲み干し、すぐに実を半分に割り、実の内側についた白い果肉部分を食べろと勧めてくれた。
しかし、固すぎてうまく手で食べることができない。
「これ、どうやって食べるの?」
すると男は、非常に固いヤシの実の外殻をうまいこと裂いて、そのかけらを手渡してくれた。
「これ、スプーンね」
なんと日本語だった。
彼が作ってくれたスプーンで果肉をこそぎ落とし、食べた。しっかりした歯ごたえと、ヤシの実の独特な油臭さの中にあるかすかな甘みがおいしく感じられた。
「おいしい!」
そう日本語で言うと、彼は
「よかったね。」
と日本語で言い、微笑んだ。
見かけによらずいいやつだな。見かけによらなすぎだけど。





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