腕を振って 足を上げて ワン・ツー ワン・ツー!


「こんばんわ。明日ドライブ行きませんか?」

は?

え、なんで?
見ず知らずの人間を突然ドライブに誘っちゃう?旅に出て開放的な気分になっちゃった?それともやはり敵襲か?
しかし事情を聞いてみると、どうやら彼女は先ほどの洗面台で仲良くなったドイツ人の男性にドライブに誘われ、それならばと俺にも声をかけてくれたらしいのだ。彼女はよしえさんと言い、なんと上海から陸路でここまで来たというなかなかの猛者だった。よしえさんと話していると、やがて当のドイツ人の男性も現れ、
「明日バイクでドライブするけど、君も行くかい?キラン」
とさわやかに誘われた。彼は背が高くほっそりしており、中性的な顔立ちの美青年だった。
明日は予定は無いし、というかそもそもこの旅に予定というものが無いし、ドイツ人とバイクでツーリングなんて楽しそうじゃないか。俺はこの申し出を受けることにした。

彼の名前は「ツェ」とか「ツィ」とかそれ系のいかにもドイツらしい難しい発音だったので、彼に似てる俺の友達の名前をもらって「ノイくん」と名づけた。
今まで出会った外国人はなかなか俺の名前である「リョウ」を発音できなかったが、彼もまたそうだった。そして、彼もまたリョウという発音を諦めて頭の中で俺に「ソーセージくん」とか勝手に名づけているのだろうか。

すっかり話し込んでしまい12時を過ぎてしまったので、翌朝9時の宿の前で落ち合うことを約束しその日は別れた。別れたと言っても部屋めっちゃ近いけど。

部屋に戻り、寝る支度をしながら少し考えた。
あんなにあっさりOKしてよかったのだろうか?よしえさんはどういった思惑で俺を誘ったのだろうか?「外人と二人でドライブするのには少し抵抗があり、ボディーガード、とまではいかなくても3人なら間違いも起こるまい」と俺を誘ったのか?むしろノイくんはどうなんだろう?「せっかく女の子引っ掛けたのになんか変なキモイの入ってきた……」とか思ってるかな。よしえさんが俺を誘っちゃったから仕方なく俺にも声をかけたとか。……まあ大丈夫だろ。外国で会った旅人と外人にそんないかにも日本的なくだらない詮索は無用だろうな。人見知りの人って、普段一人でこんなこと考えてるんだよ。気持ち悪いでしょ。あれ、俺だけ?

そんな訳で翌朝の9時に3人は宿の前で集合し、朝食を食べに行った。パンケーキとナンの中間のようなもっちりした「ロティ・チャナイ」をカレー味のソースにつけて食べるインド風の屋台へ行くと、サービスで大きなビールジョッキになみなみと注がれたチャイがついてきた。俺は甘~いミルクティが大好きなので、そのチャイには大いに満足することができた。
それから3人でしばらく英語で雑談をした。よしえさんはタイ北部で寺に入って修行した話をしてくれた。それから、日本のお寺での修行はどのようなものか、とか、ドイツ人は宗教的なことをするのか、といったような少し難しい話をした。ほとんど理解できなかった。
自分で理解できるのが3割、フィーリングで推測できるのが6割まで、よしえさんのリアクションを見て判断できるのが7割まで、それが限界だった。ノイくんの喋る流暢な英語を必死で解読しようとするのに精一杯で、なかなか会話に割って入ることができない。しかしよしえさんはノイくんとの会話を楽しんでいた。彼女が使う単語は俺が知っているものばかりだったが、フィーリングとジェスチャーで足りない部分を補いながら、楽しそうに彼に経験や意見を伝えていた。単語力で言えば大して変わりはないのだろうが、総合的英語力、とりわけコミュニケーション能力があるだけでこんなにも外人と楽しく喋れるのか。
よしえさんやノイくんの話を真剣に聞き、わかる所であいづちやリアクションを入れ、わからない所を恥をしのんでよしえさんに聞きながら会話しているとき、「今俺は英語を勉強しているなあ」という感じがした。

それから、レンタルバイク屋へ向かった。国際免許を持っていなかったが、パスポートを見せるだけであっさりと借りることができた。旅に出て20日もたつと、この辺の人々の「適当さ」というものが体に染み付いてくるので、多少の心配事はなんとかなるだろうと思えるようになっている。

2台のバイクを借り、よしえさんを交互にケツに乗せてツーリングを開始した。昨晩はくだらない詮索で一人モヤモヤしていたが、いざ走り出してしまうとそんなことは全く忘れてしまい、すっかりツーリングを楽しんでしまった。島の外周を回り、時に海沿いを、時に山道を走った。美しい自然があればバイクを止め、写真を撮るのが趣味らしいノイくんは熱心にカメラを向けていたし、何も無い山道で偶然フルーツを売る屋台を見つければ、ヤシの実ジュースを飲みながら休憩した。途中さんざん迷ってなかなか目的地にたどり着けなかったが、それもまた楽しかった。
結局約5時間程かけて島を半周ほど回り、宿に帰った。その後3人で食事をしに行き、宿に戻って別れた。
バイクを返却する時間まで2時間ほどあったので、街歩きの一環としてジョージタウンをぐるぐると走り回ってからバイクを返した。しばらく走っていたが、やはりバイクで町を走り回っても、なにも町のことはわからないということがわかった。町を知るには、やはり歩かなければならないようだ。

翌日は、何の変哲もない普通の日を過ごした。起きて朝飯食って洗濯して町歩いて昼飯食って……。刺激的な町では、このような「何の変哲も無い普通の日」でも楽しむことができる。これは東京ではなかなか難しいことだ。住み慣れた東京では、面白いことはなかなか歩いてこない。だから歩いてゆくんだね。
しかし例によって町のスタバでアイスラテを飲みながら一人で考え事にふけっていると、たま~にくるあの感覚が、今までに無い勢いで俺に襲い掛かってきた。





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