「やつ」との壮絶な戦いを終え、30分だけ戦士の休息をとった俺は、朝5時に起き、荷物をまとめ、寝不足の重いからだを引きずっててチュムポーンの駅に向かった。
まだ日も昇らない真っ暗な駅のホームでは、お茶碗1杯のお粥が20Bで売っていた。非常に空腹だったので1杯食べてみると、あまり好きな味では無かったものの、冷えて疲れて眠くて空腹な俺の体に温かいお粥がじんわりと染み込んでくるようで、とても体が楽になった。
やがて10分遅れで到着したハジャイ行きの2等列車に乗り込み、席に着いた。
ハジャイまで6時間ほどかかったが、3等とは比べ物にならないくらい快適だった。エアコン付きの車内は涼しく、日が出ないうちはタオルケットを貸してくれた。席も一人分が広くとってあり、身長180センチの俺でも足を伸ばしてゆったりできた。ハジャイに着く1時間前には、何と食事が出た。米と小豆をココナッツミルクで炊いた混ぜご飯と海老の入ったトムヤムクン、蒸しキャベツが出てきたが、どれもうまかった。温かい紅茶のサービスもあった。3等を経験した後だったので、全てが快適だった。ていうかなんなんだこの違いは。2等と3等の間が2光年くらい離れてるけど大丈夫なのか?このままいくと1等にはソープランドとか付くことになるけど。
そんな快適な列車に6時間ほど揺られ、1時前にハジャイの町に着いた。
とりあえず手ごろな宿にチェックインし、なんだか目も冴えていたので町歩きを開始した。
ハジャイはタイ南部では最大の都市というだけあって、チュムポーンとは比べ物にならないくらい大きな町だった。
まずは今のところの目標であるソンクラー行きのバス乗り場を見つけなければならない。町歩きを兼ねてひたすら探すが、いくら歩きまわってもバス乗り場が見つからない。
通りがかった旅行代理店や屋台のおばちゃんたちに道を尋ね、あっちだよ、こっちだよ、と言われ辿りついたのは、1時間も前に通り過ぎた場所だった。しかもバス乗り場のおっちゃんに
「ソンクラーへ行かないかい?」と声をかけられてしまった。
「明日いくよ」
「今日行こうよ!」
「今日はもう宿をとっちゃったんだ」
「じゃあ明日ここで!待ってるよ!」
などと話し、おっちゃんとは別れた。
それからしばらく町を歩いたが、碁盤の目状に作られた町は町歩きの楽しさが半減してしまう。なぜなら攻略法がパターン化してしまうからだ。適当に歩いても現在地が大体わかってしまうのでは面白くない。やはり町歩きの楽しさは田舎にあるようだ。
ハジャイの町を歩いていて、偶然道に遊戯王カードが落ちていたのを見つけたときはかなりテンションあがった。まさかタイ南部に
夜はナイトバザールに行った。屋台が数件集まっているだけの寂しいものだったが、そこの屋台で食べたもつ煮こみごはんのようなものは安くてうまかった。
翌朝、ソンクラーへと出発した。昨日のバス停に行き、おっちゃんに挨拶してバスに乗り込んだ。どうやらおっちゃんが客引きをして、定員になり次第出発するという仕組みらしい。バスと言っても大きさはミニバンくらいであることに変わりはない。
2時間くらいかかると思っていたが、ものの30分でソンクラーについてしまった。
バスを降りた。
さあ、これからどうしよう。
………
というかここどこだろう。
「ここがソンクラーだよ!」と言われ降ろされたが、ソンクラーのどこ?
まぁなんとかなるか!とりあえず宿探しだ。
しかし、なかなか思うようにいかなかった。
歩き回って発見した村人4人に当たってみたが、だ~れもまともに英語を話せないのだ。いや、わかっている。ここはタイなのだから、タイ語が話せない自分が全面的に悪いのだが、カタコトの英語すら通じない環境というのも初めてなので、少し戸惑ってしまう。
しかも荷物が重すぎて、連続であるくのは20分が限界だ。これではバックパックの意味がまるで無い。大丈夫だ。俺はこのことにだんだんと気づき、今後少しずつ荷物を軽くしていくから。
ゼェハァ言いながら休み休み2時間ほど歩くが、依然として現在地すらわからない。町の警備員っぽい人にソンクラーの地図を見せ、
「ここは、この地図の、どこですか?」とゆっくり聞いたが、
「そう、あっちに行けばソンクラー湖。とてもビューティフルだ。グッドだ」
と全く会話にならない。何がグッドや。
ここはどこなんだ……
どうしたものかとうなだれていると、ふと視線の先のズボンにつけたキーホルダーの中に、日本の100均で買っておいた方位磁石のキーホルダーがあるのを見つけた。
……
そうだ!!ソンクラーは北側がビーチになっているので、とりあえずこの方位磁石が北を指す道を歩き続ければ、いずれは海に出る。そして海と周りの建物を目印にして宿を探していけばいいじゃないか!!しかもなんだかサバイバルみたいで楽しい!!
という事でとりあえず北に向かって歩き続けるとビーチが見え、手ごろな宿も発見できた。
チェックインすると、まずは部屋で一休みすることにした。バックパックを背負って歩き続けるのは非常に体力を使うのだ。
一休みしてから、宿を出た。
ビーチに向かって歩き続けていると、ふと見上げた電線をたくさんの猫が渡っているのが見えた。
落ちたら危ないと思いよく見ていると、それは猫ではなくサルだった。たくさんのサルが電線を渡っている。周りを見渡してみれば、俺はいつの間にか多数のサル軍団の遊び場となっている公園に迷い込んでいた。
公園の奥には、丘と山の中間くらいの高さの微妙な山があった。近くの建物からロープウェイが出ており、山頂まで行けるということだったので、行ってみた。
すると、そこには広大なソンクラー湖とタイ湾を一望できる絶景スポットがあった。
しかし俺は今までしてきた色々な旅行で「絶景慣れ」をしていたため、そんな景色を見ても
「これなら沖縄の山の上で見た景色の方が良かった」なんて思ってしまうのである。
慣れというのは本当に怖いものだ。それでも俺は高いところからの開けた景色が好きだったので、しばらく眺めていた。
腹が減りすぎてむしろ猛っているのに気づいた俺は、山を降り、海の家のようなレストランで食事をした。
レストランといっても木の机とプラスチックのイスが野ざらしで置いてあるだけだが。
魚肉チャーハンを食ったが、かなりうまかった。45Bだった。屋台と比べると少し高いが、相応の価値があるように思えた。しかし勘定をする際、支払いは70Bだと言われた。45Bのチャーハンに目玉焼きを乗っけてもらって10B、水が10B、あとはチャージかお通し代であろうか。タイでは食堂に入ると必ずと言っていいほど付け合せにキュウリと変な野菜がついてくるのだ。
やっちまったな、と思った。70Bと言えば日本円にして200円ちょいくらいなのだが、すっかりこっちの物価が染み付いているので、それでもかなり痛い出費だと感じてしまう。屋台で探せば25Bで1食まかなえるからだ。
しかしすぐに、「まあいいや」と思った。金のことでケチケチしてストレスをためるくらいなら、気持ちよく払ってしまったほうがいい。貧乏旅行をするために貧乏旅行をしているのではないのだから。俺は意識を改めた。
そこから、ソンクラー北部の岬へと向かった。
10分ほど歩くと、急激に腹が痛くなってきた。
……あれだ。朝食った辛いやつだ。いつもそうだ。外国で不意に出されるやけに辛いものを食べると、必ず腹が痛くなる。
岬まであと半分、という所で限界が来た。俺は冷や汗を垂らしながら部屋へ戻った。
その日の夕食を食いに行った屋台では、
「何か辛くないやつをくれ」と言い辛くない肉野菜炒めを出してもらったが、やはり辛いほうがうまい。この国ではほとんどの料理が辛くするのを前提に作られているので、当然ではあるが。「辛味」が抜けたその穴を埋めるものは何も無く、何か一つ物足りない料理になってしまう。
翌日は海水浴に行くつもりだったが、空がどんよりしていてそんな気分にはなれなかったので、町をぶらついたり本読んだりして過ごした。町の巨大市場のような場所へ行き、地元民に混ざって屋台で買い食いして歩くのは楽しかった。
夜は小ぢんまりしたナイトマーケットの屋台で飯を食った。
大きな中華鍋で大量にパッタイを作っていた店があったので、見たら久々にパッタイが食べたくなり、大量のパッタイが入った中華鍋を指さして
「それちょーだいッ!」と言うと、おばちゃんは険しい顔でタイ語で何か言ってきた。
俺が困惑していると、隣で料理の出来上がりを待っていた若いタイ人女性が通訳してくれた。
「パッタイを食べたいならあと30分は待たなきゃだめらしいよ。他の料理ならすぐできるみたいだよ。」
パッタイに30分もかかるなんてありえないのだが、ここはタイの食堂である。
俺は、料理が出す側のルールに従うのが出される側のマナーであると思っているので、それに従うことにした。
出てきたのは、肉と海老と野菜が入ったチャーハンと、わかめスープ。スープにはパクチーが香っている。
頑張ってスープを飲み干し、チャーハンを食べると、腹も膨れたし、味も良かった。これで30Bである。
ソンクラーのような観光ずれしていない町では、英語表記も無ければ店の人もほとんど英語を喋れない。何が出てくるのか、いくらなのかもわからないまま席に着き、出されてから一喜一憂する。その繰り返しを、俺はいつからか楽しむようになっていた。
部屋に戻り、寝る準備をした。
翌朝、晴れていたらもっとビーチの近くで宿をとって泳ぎに行こう。晴れていなかったらハジャイに戻って、マレーシアへ向かおう。そう決めて、寝ることにした。
ベッドに入った。
タオルケットをかぶった。
目をつぶった。
……
\アリだーーーーーーー!!/
アリだ!!アリの列が俺の太ももを横断してやがるッ!!
そう、この宿では、ベッドにもぐって目をつぶるだけで寝れるというわけではない。1分に1度、招かれざる客が俺を呼び覚ますのだ。
今度は手の甲を横断された。
この宿には2泊目なのでわかっていたことなのだが、俺のベッドの真横にアリの巣がある。
アリの巣を見ると、2ミリほどの小さなアリが何万匹と蠢いているのが見える。
いちいち潰したりするわけでもないが、やはり寝ようとしている時に明らかにアリの列が太ももを横断しているのがわかれば、やはり払いのけられずにはいられないッ!誰だってそーする。俺もそーする。
おまけに、今日はなんと1月1日なのだ。
おい……いつ年越しなんてした??
旅に出て早くも日付の感覚を無くした俺は、年を越してから年を越した事に気づくという日本に居たら有り得ないような失態を犯してしまった。
タイでは、年末年始に爆竹を鳴らしまくる風習があるとアキは言っていた。
バンコクのような観光都市ではさほど気にならなかったが、ソンクラーのような田舎町に来ると、若者たちが夜通し騒いでいる。昨日も夜出歩いたとき、原付で走りながら火薬玉をばらまいて暴走する原チャリ暴走族のようなものを見かけた。
とにかく、俺はありんこの襲撃と原チャリ暴走族の騒音で眠れない夜を過ごした。