まいぺんらい!


今日はマレーシアへ向けて出発する日だ。
前にファランポーン駅でもらった時刻表によれば、マレーシア方面の一番早い列車は朝8時に駅を出るという。何時間かかるかわからない旅だしどうしても列車では座りたいと思ったので、ホテルを朝6時に出発した。
早朝でバスも動いていなかったので、タクシーで駅まで行くことにした。声をかけてくるタクシーは全て無視し、いかにも若くて気の弱そうな運転手を探してこちらから声をかけた。
「メーター料金でファランポーン駅まで行ってくれる?」と言うと、最初は「メーター」の意味がわからないフリをしているようだったが、タクシーの運ちゃんがメーターの意味がわからない訳がない。
しつこく「メーター!!」と連呼していると、運転手はやがて諦めるように
「……OK」と言った。
メーター料金でファランポーン駅まで行くと、なんと約50Bで済んだ。これで、面倒な交渉をしてまでトゥクトゥクに乗る必要は無くなった。というか最初からメータータクシーを利用すればよかったのだ。

駅に入り、係員に一番安い3等列車でマレーシア方面へ行きたい旨を伝えると、朝8時に出るのはスーパーエクスプレスたるなんとも速そうな列車しかなく、3等列車が出るのは昼の3時だと言う。
さて、どうしたものか。さすがに3時までこの大荷物を持って待つ気にはならない。
仕方がないのでそのスーパーエクスプレスの最も安いチケットを買うことにし、チケットブースへと向かった。

なんと、売り切れていた。

今日のチケットは、昼3時発の3等列車しか無いらしい。この大荷物を抱えてあと8時間くらい待たないといけないらしい。

ど……


どんだけェェェェ~~~!!!!
翌朝のチケットを予約して今日はどこかに宿をとるとか、バスターミナルへ行ってバスを探すとか、選択肢は色々あったが、この時俺は全てが面倒臭かった。もう腹を決めるしかないようだ。おれは意を決して、3時発の3等列車を買うことにした。

「買うのはいいが、どこまで買うんだ?」
そうだ、まだマレーシア方面というだけでどこに行くか決めていなかった。どうやら適当にチケット買って好きなところで降りて清算、ということはできないらしい。
俺が知っている駅と言えば、終点のスラー・タニーと、あの「深夜特急」に出てくるチュムポーンしかない。
ビザ的にタイにはあと12日居ることができるので、一気に終点まで行く必要も無いと思えた。よって俺は、なんとなく消去法で残ったチュムポーンへ行くことにした。

駅にはベンチがたくさんあり、みんな思い思いに座ったり寝たり野良ネコに餌をやったりして過ごしていた。
とりあえず端の方のベンチに腰掛け、昨日までの出来事を振り返りながら日記を書いたり、本を読んだりして時間を潰していた。

8時少し前、ふと視界の端に目にとまるものがあった。見ると、駅の中央で、制服を着た警官なのか軍人なのかわからない男たちが、一列に整列していた。
わけもわからず見ていると、8時になったとき、その中の隊長らしき男が突然
「ピィィィィィィィッッッ!!」と笛を吹き鳴らした。
何かのセレモニーが始まるのだろうと思っていたのだが、周りを見て俺は驚いた。
駅に居た、200人は居るであろう一般市民の人々が、全員一斉に立ち上がったのである。
なんかこんなドッキリ見たことある!と思ったが、空気を読んで俺も立ち上がった。
彼らは熱心に、ある一点を見つめていた。その視線の先には、あのプミポン国王の肖像画がが駅の中央にでかでかと飾られていた。
すると突然、タイの国歌と思われる曲が大音量で流れ出し、制服を着た男たちは元気よく、市民たちはちらほらと歌い出した。
そう、まるで小学校の朝の全校集会のようだった。
国歌が終わると同時に、皆何事も無かったかのように歩いていた者は歩き出し、座っていた者は座り、あたかも止まっていた時間が動き出したかのようにタイのいつもの朝が再開された。

それから列車に乗るまでは、本当に暇だった。
もう何度も読んだ本を繰り返し読み、PSPの世界でモンスターたちをなぎ倒し、駅のスクリーンでテレビを見たりして過ごした。
テレビでは、もう年末なので「2009年をふりかえって」的な番組がやっており、日本で起きた代表的な事件として、裸で何が悪い事件のり塩事件が取り上げられていた。

駅のフードコートで腹ごしらえをし、売店でラスクを買って、2時ごろ入線してきた列車にすぐ乗り込んだ。
最初は全然席が空いており、どこにでも座れた。俺の下調べによると3等は自由席のようなので、食堂車の隣の車両に席を確保した。
発車時刻が近づくにつれ席は埋まっていき、発車10分前にはほぼ満席となった。

しかし、なんだかみんな様子がおかしい……
なんかしきりにチケットと座席の番号を確認してるんだけど……
まさか……指定席か?
もう腰を落ち着けてるから動くの面倒くさい。
でも指定席だったらやばい。
めんどくさい。
やばい。

……

わかった!
みんな3等が自由席なことを知らない旅行者なんだ!それなら仕方ない!よし解決!

周りをチラチラ伺いながら座っていると、周りのタイ人たちに何回か話しかけられた。タイ語で。俺をタイ人と間違えてくれたのだろうか。とりあえずよくわかんないのでうなずいといた。

出発時刻を10分過ぎて、ようやく列車は出発した。
クーラーの効いていない3等列車は、止まっていると灼熱地獄だった。しかし中々快調に走ってはくれない。
1キロや2キロほど走っては、30分、1時間停車する。最初の2時間くらいは、そんな風に走っていた。
しかも、席が異常に狭い。俺は片側2人がけのボックス席に座っていたのだが、人1人が普通に座れる幅を1とすると、その席は2人で1.5くらいしかないのだ。
この灼熱地獄の中、身動きできない状態でこの2時間は本当に辛かった。さすが、タイの3等列車だけある。
その後、ようやく列車は快調に走り出し、やっと最初の駅に到着した。この時点で、40分の遅れだった。
予定では夜中の12時半にチュムポーンに到着するはずだが、この分だと1時過ぎになるだろう。
しかしこの状況で、9時間も耐えられるだろうか。俺は途中で周りの人たちが降りてくれるのを密かに期待して、ひたすらに耐え続けることにした。

しばらくすると車掌がきて、チケットに穴を開けて回った。
俺がチケットを出して準備していると、隣のおばさんに、タイ語で
「アンタの席はここじゃないよ。あっちへいきな」といったようなことを言われてしまった。
今から席を移動してもどう考えても俺が座る席は無い。俺は
「え??自由席じゃないの?自由席でしょ?自由席だよなコラァ!!」とゴリ押しで逃れようとしたが、おばさんは一向に折れる気配がない。
英語の通じなさそうなおばさんになんとか許してもらおうと言葉を探していると、隣のボックス席に座った陽気なオッサンが、俺とおばさんに向けて笑顔でこう言い放った。

マイペンライ!

おばさんは勘弁してくれた。俺はオッサンに感謝した。

マイペンライとは、タイ語で「気にすんなよ!」という意味だ。
アキに教えてもらった言葉だ。

さらに時がたち、日が暮れてくると、風が涼しくなりとても気持ちよかった。
長い長い列車の旅が始まった。





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