スター・デイト


アキの言うとおりに電車に乗り、たどり着いたのは俺の目指していたウィークエンドマーケットだった。
ここまで来るのに時間かかったなオイ……
駅を出て、アキに案内され歩いていくと、なぜかマーケットから遠ざかっていった。
「え……これどこ行くの?」
「マーケットの隣に大きな公園があって、静かで気持ちいいから散歩しよ!」
は?お前は俺をマーケットから遠ざけようとしてるエージェントなのか?
しかし腕を強引に引っ張られあどけない笑顔で
「ね、行こ?」
と言われてしまっては断りようがない。仕方なく俺はアキと手をつないで公園を散歩し始めた。


……え?なんで手つないでんのって?好きになっちゃったのって?



ふざけんなッ!!!勝手に手握ってくんだよ!!駅で腕つかまれた時からちょいちょい隙を見て手握られたり腕組まれたり鼻ほじったり顔近づけたりしてくんの!もうやだ気持ち悪いッ!!
しかもガイドブックにあるタイ語の日常会話のページでお互い指差しながら「静かな公園だね~」なんて会話してたら、アキが指差した「静か」っていう言葉の部分にアキの鼻クソついたし…………ちなみに今でも家にあります
パッと見はロリ気味でかわいいと言えばかわいいのだが、頭のネジが数本ブッ飛んだようなしまりの無い笑顔と、人並み外れたユニークな言動によってアキには「コイツ何しでかすかわかんねぇ」という得体の知れない恐怖を抱かざるを得ない。
と、以上のような事を思いながら、顔だけ笑ってアキと会話していた。というかマシンガントークをいなしていた。
アキは、ゴーゴーバーというタイにしかないキャバクラのようなちょっとエッチなバーで歌を歌う仕事をしているのだそうだ。そんなことだろうと思っていた。こいつからは貞操観念のカケラも感じられないからな。
しばらく会話していると、急にアキが「バカバイ!バカバイ!!」と叫びだし俺をどこかへ連れて行こうとする。

おい……どうした??とうとう脳ミソ溶けちゃったのか?
俺はしきりに
「バカバイってなに?どういう意味??」
と聞くが、アキは
「何言ってんの!バカバイはバカバイだよ!ほら急ごう!バカバイはあっちだよ!!」
と言って俺を引っ張ってゆく。
こわっ!なんかこわっ!!
このまま茂みの奥に行ったらどっかの変な民族が「バカバイ!バカバイ!!」とか言いながら変な儀式やってたりして、生贄にされたりしないだろうな?
恐る恐るついていきたどりついたのは、レンタサイクルの事務所だった。
なるほどバカバイとは自転車のことだったのだ。
サイクリングしようと誘われたので、この広くて静かな公園なら気持ちいいだろうと思い、20Bで自転車を借り、アキを後ろに乗せて公園をぐるっと1周した。
この公園では子供向けのフェスティバルのようなものが行われているらしく、広い公園のあちこちにブースが設置され、様々なイベントが催されていた。
そのうちの一つにアキが目をつけたらしく、急に「ここで止めて!あそこ行こう!」と言い自転車から降りた。
そのブースでは、入り口で白い布製の巾着袋を渡され、子供たちが真剣な様子で絵を描いていた。
ブース中央には何故かギター、ベース、カホンを演奏する青年たちと、歌いながら動き回り、子供たちの絵をイジりまくるお兄さんがいた。
俺とアキも袋をもらい、子供たちに混じってブースに入っていった。
アキは俺のガイドブックの「タイ語日常会話」の部分を見ながら、何らかの文字を袋に書いていた。
できあがったらしく、アキに「あなたにあげる」と差し出されたその袋には、クレヨンで
日本人  タイ人
と書いてあった。

日本人タイ人




←「タイ人」の2文字目と3文字目が全く同じ文字であることには特に触れなかった。

さらにその下には何やら英語でメッセージのようなものが書かれていた。

…………ホニャララペラペラホニャララアットマークホットメールドットコムってこれメールアドレスじゃねーか!!!
「今日からわたしとキミは友達だから!バンコクにいる間は、いつでも呼んでね!!」
友達。「新しく友達ができる」なんて経験はここ2、3年してなかったので、なんだか嬉しいような恥ずかしいような困っちゃうような……。
しかしそのプレゼントは素直に嬉しかった。
「ありがとう!」
と喜んでいると、またもやアキは急に立ち上がり、
「ちょっと歌ってくる!」
と言って中央のバンドの所へ向かっていった。
本当に何するかわかんないヤツだ。
アキは歌のお兄さんのマイクを強引に奪い取ると、タイ語で彼らと「ちょっと喋らせて」みたいな会話をしたのち、俺を指差して何か言った。恐らく、「彼は日本から来た私の友達なの!」みたいなことだろう。
皆の視線が俺に集まり、お兄さんたちにちょっとイジられた。何を言っているのかは分からなかったが、日本語で元気にあいさつしてやるとみんな喜んでくれた。
そして、いきなりアキが歌いだした。
アキがアカペラでタイのポップスと思われる曲を歌っていると、後ろに居たギター・ベース・カホンが即興で入っていき、除々に立派なバンド演奏になっていった。
いきなり行われたゲリラライブに、野次馬がどんどん集まってくる。
その様子はアニメ「マクロスF」第5話でランカが歌いだすシーンにとても似ていて、「こいつは大物になるぞ!!」と俺は激しく感動してしまったのだ。わかりにくくてごめんね
歌が終わると、それは盛大な拍手が巻き起こった。
バックバンドの彼らと気があったのか、アキは彼らと何故かミニコントをして会場を沸かせ、こちらに帰ってきた。
その晴れやかな顔は、今まで俺がアキに対して抱いていた得体の知れない恐怖を払拭するに足るものだった。この時俺は初めてアキを友達だと感じた。
ブースを出て、自転車を返しに行った。
途中、何らかの冊子を配り歩くタイ人に、変な冊子を渡された。そこには、知らないオッサンの顔写真が写っていたので、アキに聞いてみた。
「この人だれ?」
「キングだヨ!」
そうか。この人が現在(2009年12月)のタイ王国の王、プミポンか。

タイは王国だもんな。

そりゃ王もいるわな。プミ……


え!?プミポン!?
プミポンだって?なにその名前?ふざけてるの?もしかして国王は幼女なの?
後日タイのガイドブックを熟読してわかったのだが、こういうネーミングセンスはタイなら十分有り得る話だった。ポーンとかブリーとかラーイとかマーイとかそういうほにゃっとした語幹の言葉が語尾にくることがよくあるのだ。それもタイらしさの一つである。
タイらしさ。俺はこの旅ではそういうものにどんどん触れて行きたい。
好奇心で聞いてみた。
「アキは、キングが好き?」
すると、アキは少し迷って
「キングは、私たちの父なんだヨ」
と答えた。
好きとか嫌いとかそういうものではないのかもしれない。しかしアキのようなちゃらちゃらした若者にもそのような意識が根付いているというのは驚きだった。そして、そういう国民性のようなものの片鱗に触れることができて嬉しかった。
自転車を返し、駅に向かって歩いていた。
公園を出る前に、ひとつのブースが目に止まった。
たくさんの5~10歳くらいの子供が集まって「おかあさんといっしょ」的なノリで遊んでいて、アキと「かわいいネー」と言いながら見ていた。
中央にはステージがあり、かわいくおめかしをした8歳くらいの女の子が登場し、曲が流れて歌い出した。
歌が始まった瞬間、俺は自分の目と耳を疑った。
幼いその子には、完全に和田アキ子が宿っていた。歌も振り付けも完璧で、なによりソウルがあふれるくらいにこもっていた。
ハリのある声、豊かな声量、歌に対する姿勢、全てが超時空シンデレラ級で、アキの歌は足元にも及ばなかった。
いきなりスーパー幼女の技を見せ付けられ、アキはあぜんとしていた。俺は爆笑してたけど。
俺は興奮して
「やばくね!?この子うますぎじゃね!!?」
と言うと、アキは
「あ……あぁ……そうだね……うまいね………もう行こっか」
と言ってスタスタ歩き出してしまった。
あの時の、アキのものすごく悔しそうな顔は忘れられないだろう。
公園を出て、カオサンへと帰った。
今日、アキとバンコクを歩いていて、行く場所行く場所、いたる所でアキの友達に会った。
そういえば、レンタサイクルのスタッフもアキの友達だったらしく、借りるとき
「おいコイツまた誰か連れてきたぞ!」的なノリで笑われた。
アキはきっと、道行く人に声をかけまくって一緒に遊んでいるうちに、バンコクが友達だらけになってしまったのだろう。
そんな暮らしができたら楽しいだろう。すこし羨ましくも思った。


俺の宿の前まで来て、アキと案外あっさり別れて部屋に戻り、一息つくと、いや、一息つく間もなく、すぐさまシャワーを浴びた。
なぜなら俺の左腕には、アキの鼻くそたくさんついていたからだ。
もう夜だった。結局1日アキと遊んでしまった。
でも、おもしろかったからいい!





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