ゆっくりと目を覚ました。
昨日3日分の延泊手続きをしていたので、朝もゆっくりできるのだ。
さて、今日は鉄道の旅の起点であるファランポーン駅へ行き、列車の時刻表と路線図をもらってこようと思っていた。
鉄道はバンコクのファランポーン駅から放射線状に伸びており、広いタイを長距離移動するのに適した移動手段である。
外に出ると、ふと今日が日曜日であり、日曜日はウィークエンドマーケットという市が開かれるということを思い出した。
ファランポーン駅には帰りに行くとして、まずはウィークエンドマーケットを目指すことにする。行き方も知っている。何故なら昨日カオサンでバスを待っている時、目的のバスは来ないでウィークエンドマーケット行きばかり来て嫌になったのを克明に覚えているからだ。
そうしてバス停に向かって歩いていると、一人のタイ人の少女に話しかけられた。
「日本人ですか?コンニチワ!」
実に無邪気な笑顔が幼く見え、中学生くらいかな、と思った。
彼女は、俺はウィークエンドマーケットに行きたいと知ると、バスの番号とバス停の場所を教えてくれた。もう知ってるけどね
バス停に着き、彼女と話していると、なんと少女に見える彼女は実は22歳で、タイ人と日本人のハーフであることがわかった。
年上かよこの顔で……
名前はアキというらしい。
しばらく当たり障りのないことを喋っていたのだが、アキの言うバスが来たので乗り込んだ。
何故かアキもついてきた。
「あれ、君もこのバスなの?」
「そうだヨ!」
………
「このバスは、マーケットに行くの?」
「行くヨ!」
どこか抜けたような顔で断言され少し不安はあったが、せっかくの現地人の好意と思い信じることにした。
バスは7Bなのだが、小銭が6Bしか無かったのでアキが1B出してくれた。そんなささいな優しさも、現地人から受けるとなるととても嬉しくなるものだ。
ちなみにバスに金を払ったのはこれが初めてだ。
アキと拙い英語で当たり障りのない会話をしながらバスに乗っていると、サイアムスクエアのバス停で急にアキに
「ここで降りて!!!」
と言われたのでとっさに降りてしまった。俺が行きたかったマーケットは、ここからかなり離れた場所にある。
「あのさ……俺ウィークエンドマーケットに行きたいんだけど……」
「マーケットはここにあるんだヨ!」
日曜にやってるマーケットなら全部ウィークエンドマーケットだとでも言うのだろうか。屁理屈か?
しかしそのあまりの純朴な笑顔に悪気が無いと確信し、仕方なくついて行くことにした。
サイアムの巨大なショッピングモールを歩いていると、雑貨や衣類の露店が並ぶ、まぁマーケットと言えなくも無い所へ着いた。
「ここだヨ!」
やはり悪気は無いようだ。
彼女の親切を無駄にするわけにもいかず、礼を言い、しばらく見て回ることにした。
何故かアキもついてきた。
一通り見て回ると、腹が減ってきたので、
「じゃあ俺、その辺で飯でも食ってくるよ!ありがとね!」
と言い、ショッピングモール内のフードコートへ向かった。
何故かアキもついてきた。
「フードコートはこっちだよ!!」
と俺を抜いて俺の前を歩きだすアキ。
なんなんだコイツは?
貧乏神なのかな?物件とか売られちゃうのかな?誰かになすりつけられるのかな?あっちいけカードとか持ってないけど俺……
きっと天然のおせっかいさんなんだよね!
と思うことにし、アキと一緒に飯を食った。安くてうまかった。
どうやら大衆的な食堂やフードコートでは「食べ終わった食器を片付ける」という文化があまり無いらしく、空いている席を見つけたら溜まっている食器を押しのけて自分の食器を置くスペースを無理矢理作り、そこで飯を食わなければならなかった。
たまに従業員が来て軽く片付けて行くのだが、押しのけられ積まれた食器は増え続けていった。
それにしても英語で会話するのは難しい。店のスタッフに注文するのならほぼ決まった英語を言えばいいだけなので簡単なのだが、やはり雑談するとなるとボキャブラリーが必要になってくる。アキはなかなか英語がうまく、わからない単語やニュアンスをジェスチャーや表情で伝えようとする俺の言いたいことを必死で汲み取ろうとしてくれた。
アキは日本人とタイ人のハーフだと言うので、少しは日本語も喋れるのかと思ったのだが、彼女が喋れるのは
「あついネー」
「すごいネー」
「かわいいネー」
だけだった。
飯も食い終わったので、そろそろ本来の目的であるウィークエンドマーケットに行こうと思った。
アキに行き方を聞き、
「じゃ俺はそっちのウィークエンドマーケットに行くから!色々ありがとう!」
と言いサイアムを出て歩き出した。
やはりアキもついてきた。
無邪気な笑顔でついてくるので、追い返すこともできない。
俺は諦めて、アキとウィークエンドマーケットへ行くことにした。
歩いている途中、アキを見てぎょっとした。
22歳にもなる年頃の女の子が、人前でめちゃくちゃに鼻をほじくっていた。
堂々と人差し指を鼻に突っ込み、腕ごとグリングリン回してほじくっている。この様子では、目的のブツは随分と奥深くに眠っているようだ。
この事態を飲み込むのに少しの時間を要した。
しかし、時間をかけて女の子が鼻をほじり狂っているという事態を飲み込んだとしても何も得るものはない。
なので俺は頑張ってそれを見なかったことにし、歩きながらアキと会話していた。
アキはこの前韓国へ行ってきて、雪が降っていてびっくりしたらしい。雪を見たのは初めてらしい。
アキは明日から2週間、バンコク近郊のリゾートであるパタヤーに行くらしい。アキはこう言う。
「2週間も行ったら、キミ寂しくて泣いちゃうネ!」
誰が泣くかボケ!!!
アキは双子らしい。彼氏はいないらしい。
そう、アキは超マシンガントークなのだ。俺の話はほぼ途中でさえぎられ、即座に自分の身の上話を始める。
俺は途中から話すのを諦め、聞き役に徹することにした。
ウィークエンドマーケットには電車で行くので、駅に行き、ホームへ続く階段を上った。
俺はいつもの癖が出て、階段を1段飛ばしで上っていた。
アキは「はやすぎるヨー!」と言って俺の腕をつかんだ。
俺は同年代の女性に不意に腕をつかまれてなんだか恥ずかしくなってしまい、照れ笑いで「あ、ごめんごめん」と頬を赤らめ……
頬を赤らめ………
るわけねーーーーー!!!!!
てめェさっきその手で鼻ほじってただろうがァ!!ほじり狂ってただろうがァ!!今すぐその手を離せぇーーーッッ!!!!
とは言えなかったが、さりげなく腕を外してポケットに手を突っ込んだ。マジで鳥肌たった。
一体コイツはいつまでついてくるんだろうか……